2015年10月 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、アブストラクト(要旨)だけを読んだ不安(障害)の治療法に関する最新の論文を取り上げます。

なぜ不安(障害)なのかというと、場面緘黙症児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併発していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会が発行するDSM-5では場面緘黙症(選択性緘黙症,選択的緘黙症,選択緘黙症)が不安障害になりました。

今回は森田療法の効果を系統的レビューで検証した論文です。森田療法とは森田正馬(精神科医)氏によって1919年に創始された神経症に対する精神療法のことです。森田正馬氏は東京慈恵会医科大学精神神神経科の初代教授です。今でも東京慈恵会医科大学附属第三病院に森田療法センターというものがあります。

なお、不安(障害)以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事⇒透明人間の錯覚で痛覚感受性が高まる
↑透明人間を感じると痛みを感じにくくなると思いきや、逆に痛覚に敏感になったという実験結果が得られています。透明人間の錯覚実験の先行研究では視覚刺激と触覚刺激を時間的、空間的に同期・一致させて、透明身体の所有感錯覚を引き起こしていました(Guterstam et al., 2015)。しかし、今回はバーチャル世界(仮想世界)で第一人称視点の身体所有感錯覚の誘発を行うことで透明人間の感覚を味わっています。これだと実験者が設定した透明レベルで実験が可能です。

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柴垣文子『校庭に東風吹いて(新日本出版社)』は場面緘黙症の蔵田ミチルのクラスを担当することになった教師、三木知世の物語です。『校庭に東風吹いて』は日本共産党中央委員会発行の機関紙『しんぶん赤旗』の連載小説です(ちなみに著者の柴垣文子先生は日本民主主義文学会会員)。

2014年8月13日に毎日新聞(京都)が報道した通り、映画化も予定されています。公開予定は2016年夏です。舞台は南山城村(京都府相楽郡)で映画ロケも南山城村で行われるとか。主演は沢口靖子さんですが、子役は未定で子役オーディションはこれからです。企画・製作は桂壮三郎プロデューサー、監督は金田敬氏、脚本は長津晴子氏、制作プロデューサーは酒井識人氏、宣伝プロデューサーは平沢清一氏。金田監督はピンク映画大賞・新人監督賞を1991年に受賞されています。桂プロデューサーはSARVH賞2010(年間最優秀プロデューサー賞)の受賞歴あり。ちなみに私のイメージでは女優の沢口靖子さん=科捜研の女なる方程式が存在します。

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ウルバッハ・ヴィーデ(ウルバッハ・ビーテ)類脂質蛋白症とは常染色体の劣性遺伝子によって受け継がれる遺伝性疾患のことです。別名は遺伝性ヒアリン皮膚粘膜蓄積症。ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症の原因はECM1(extracellular matrix protein 1)という細胞外マトリックスタンパク質1遺伝子の変異だと言われていますが、他に病因があるかどうかは私には分かりません。ちなみにECM1遺伝子は1q21.2染色体上にあります。なお、本来ならば遺伝子はイタリック表記ですが、ここではあえてECM1遺伝子などと書いています。

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症の症状には個人差があります。ですが、皮膚の病気なので、皮膚や粘膜、器官・臓器にヒアリンが沈着していくのが主な症状です。皮膚や粘膜が厚くなるのですが、それが声帯におこると声がかすれたり、しわがれ声になったりします。声のかすれは生後すぐに生じるケースが多いです。皮膚に怪我が起こると回復が悪いです。ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症患者の寿命は正常範囲内です。

英語表記はUrbach–Wiethe disease(ウルバッハ・ヴィーデ病)またはlipoid proteinosis(類脂質性蛋白症)です。遺伝性ヒアリン皮膚粘膜蓄積症だとhyalinosis cutis et mucosaeになります。

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症の神経学的症状は内側側頭葉の石灰化です。側頭葉内側部には扁桃体があります。なので、扁桃体が石灰化している患者さんは扁桃体の機能解明のための実験に協力することがあります。さて、そんなウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症患者の精神疾患率や認知機能を調べた研究があり、それが今回の論文の主題となります。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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