過去の緘黙放置を後悔してしまうのは後知恵バイアスの賜物 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

子どもの頃に(場面)緘黙症だった疑いが生じた大人は「なぜ、あのとき緘黙症を知らなかったのだ!知っていれば、こんなに苦労することはなかったのに(怒)」という反応をするのが自然だと考えられます。私も最初はそうでした。

実際、北翔大学大学院臨床心理センターの広瀬慎一氏の調査(広瀬, 2012)によれば、場面緘黙を知り「悲しみと同時に放置されていた怒りを感じた」人が32.3%と、それなりの人数が放置されたことに感情的反応を示します。

しかし、これは「今、緘黙症を知っている」から言えることです。過去に「ことば」を知らなかったのなら、当時の自分や親、学校関係者を責めるのは不毛なことです。

これは後知恵バイアスの結果だと考えられます。

○後知恵バイアスとは何ぞや?

後知恵バイアス(Hindsight bias)という言葉があります。

行動経済学の用語で「事前に知り得ないことでも、出来事の後にあたかも予知できたように感じる認知的バイアス」のことです。

なお、行動経済学とは経済学の中でも心理学と密接に関係している分野で、経済人(ホモ・エコノミクス)ではなく、実際の人間の行動や意思決定を研究する学問です。

後知恵バイアスの研究としては、たとえば、リチャード・ニクソン米大統領が1972年に中国、ソ連を訪問する前後に次のような調査が行われました。

ソ連訪問前にニクソン大統領の外交について具体的な行動をおこす確率を回答者に質問しました。その中には中国、ソ連訪問に関する質問項目が含まれていました。

ニクソン大統領が中国、ソ連を訪問した後に次の質問をしました。

「前回、ニクソン訪問の予想をしてもらいましたが、その確率を思い出してください」

その結果、被験者は実際に起こったことに関する事前予想の確率を実際よりも高く答えました。また、実際に起こらなかったことは事前に予想した確率よりも少ない確率を思い出しました。

後知恵バイアスはその後の研究でも繰り返し実証されてきた堅固なバイアスです。

つまり、人間には実際に起こったことをあたかも、事前に知っていたかのように認識してしまう癖があるのです。

以上のことは、私が読んだ『Thinking, Fast and Slow』(Penguin社)という本の202ページから203ページにかけて書かれていることです。これは2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン(Daniel Kahnema)氏が上梓した書物です。ダニエル・カーネマン氏はプリンストン大学名誉教授です。

もっとも、ニクソン云々という話自体は比較的有名だと思うので、みなさんご存じだと思います。

↓私が読んだ英語版


Thinking, Fast and SlowThinking, Fast and Slow
(2012/05/10)
Daniel Kahneman

商品詳細を見る


↓日本語版『Thinking, Fast and Slow』(上下巻 早川書房 村井章子翻訳 友野典男解説)




○(場面)緘黙症にも当てはめると…

(場面)緘黙症を大人になって知った人は「なぜ今頃、知ったのか」後悔すると思います。しかし、そこには後知恵バイアスが絡んでいると考えられます。

しゃべらない(あるいはしゃべれない)状態に緘黙症なんていう名前があるなんて「知る前に」わかるはずありません。事前に緘黙症を知らなければ効果的な対応法を知る由がありません。対処法が分からなかったのだから、いまさら後悔しても生産的ではありません。後知恵バイアスという認知的陥穽にはまるのは現在を不幸にするだけです。

緘黙症を知らなかったがために、早期対応ができず、放置してしまい、子どもが緘黙のまま成人してしまったことを後悔している親御さんにもこのことは当てはまるでしょう。

ちなみに、私は後知恵バイアスを意識した生活をすることで後悔することが格段に少なくなりました。

○参考文献:ニクソン云々の研究は以下の論文が元ネタです。

Fischhoff, B., & Beyth, R. (1975). "I knew it would happen" Remembered probabilities of once-future things. Organizational Behaviour and Human Performance, 13(1), 1-16. doi:10.1016/0030-5073(75)90002-1.

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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