抗うつ薬の慢性投与で脅威(幸福)表情の認識力を低下(増強) | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

不安障害やうつ病の治療に薬物が使用されることがあります。抗うつ薬や抗不安薬と呼ばれるもので、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が代表例です。選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(NARI)というのもあります。場面緘黙症にもSSRIが治療戦略の候補の1つとして利用されることがあります。

ところが、このSSRIやらNARIは名前からセロトニンやノルアドレナリンという神経伝達物質に影響するということは分かるのですが、心理的にはどのような作用があるのでしょうか?今回は薬物が心理面、特に表情の知覚や記憶に与える影響を健常者で調べた研究です。

Harmer, C. J., Shelley, N. C., Cowen, P. J., & Goodwin, G. M. (2004). Increased positive versus negative affective perception and memory in healthy volunteers following selective serotonin and norepinephrine reuptake inhibition. American Journal of Psychiatry, 161, 1256-1263.

★概要

何ら精神疾患の既往歴がない健常者を対象としました。

SSRIのシタロプラム(セレクサ)20mg/日、NARIのレボキセチン(エドロナックス)8mg/日、またはプラセボ(偽薬)を投与する群の3つに被験者を分けました。7日間投与しています。セラピストにも実験協力者にも薬物かプラセボかどうかわからない二重盲検法でした。

本文中ではレボキセチンについてはSNRIという表記ですが、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤もSNRIと略されることがあり、混同を避けるためここではNARIとします。

7日間の薬物投与期間の最終日に4つの課題を行いました。いずれも刺激はポジティブ(幸福な表情など)あるいはネガティブ(恐怖の表情など)な情動刺激を中心に構成されています。

①500ミリ秒の間コンピュータスクリーンに呈示された表情(幸福、驚き、悲しみ、恐怖、怒り、嫌悪)が何だったかを当てるFacial expression recognitionテスト

②500ミリ秒の間コンピュータスクリーンに呈示された性格に関する用語が好ましいものかどうか判断させるEmotional categorization課題

③②で用いられた性格語を課題終了直後にどれだけ思い出せるかを測るEmotional memoryテスト

④音に対する瞬目反射(瞬き反応)を測るEmotion-Potentiated Startle responseテスト。コンピュータスクリーンに映し出された、情動を喚起する絵画の鑑賞中に測定。

なお、②のEmotional categorization課題においては他者が被験者のことを性格語(誠実なや支配的など)に当てはまると言っているのをまた聞きした状況を想像させることで評定させました。

○結果

表情の認識課題において、SSRI/NARIは怒りと恐怖を正しく認識する能力を減少させました。シタロプラムは怒りと恐怖に加えて、嫌悪と驚愕の表情についても認識力を減少させました。

詳細な分析によると、SSRI/NARI投与により恐怖を驚きと誤ってとらえる傾向が強まりました。さらに、恐怖、怒り、嫌悪の表情を幸福と間違えてしまう誤りがシタロプラムにより生じやすくなりました。

NARIはポジティブな性格語を良いものと判断するのを早めました。

SSRI/NARIはネガティブな性格語よりもポジティブな性格語に対する記憶を向上させました(全体的な想起数に差なし)。

シタロプラムは不愉快な情動を喚起する絵画鑑賞中の驚愕性瞬目反射の増加を防止しましたが、レボキセチンの効果はありませんでした。

一方、投与期間中とその前では気分や不安の変化は見受けられませんでした。しかし、レボキセチンは敵意を減少させ、精力を増加させました。

★コメント

薬物の慢性投与で、気分や不安の変化なしに、ポジティブな表情の認識や記憶能力が増強されたという結果は興味深いです(ただし、レボキセチンは敵意、精力に影響していることに注意)。というのもこれは気分の向上や不安の減少がポジティブな刺激に対する認知能力を高めるのではないということを暗に示しているからです。このことは、SSRIやNARIがうつ症状や不安の減少作用を発揮するメカニズムには幸福な表情に対する認知の高まりがあるとの傍証になります。

○疑問点

本来なら、年齢や性別だけでなく、薬物投与の前にも課題を実行して成績をマッチングさせてから試験を行うべきではないのかな?と感じました。というのも、可能性は低いとは思いますが、薬物を慢性投与する前から成績に差があったと考えることも可能だからです。

それと、薬物投与の最終日に課題を実施したという点もひっかかります。慢性投与だけでなく、急性投与の影響も起きたかもしれません。

さらに、ネットで検索すると、世界五大医学雑誌の1つ、イギリス医師会雑誌(BMJ)に2010年掲載の「製薬会社が公開しなかったデータを含めて分析したところ、レボキセチンの抗うつ作用はなかった」とのレポートがヒットします。ですので、少なくともレボキセチン(NARI)に関しては本当に今回のデータが真実かどうかは怪しいものです(もちろん、抗うつ作用はないが、表情認知やポジティブ語の判断や記憶に対する作用はあると考えることも可能)。

○研究の発展

今回は健常者を対象としたものなので、うつ病や不安障害の患者さんにも同様の効果が認められるか確認する必要があります。薬物療法で注意バイアスが変化するかどうかも興味深いテーマですが、私の知る限りその種の研究は発表されていません。

SSRIの効き目はセロトニントランスポーター遺伝子に左右される(Stein et al., 2006)との報告もありますから、情動刺激に対する知覚や記憶が薬物にどれだけ影響されるかは遺伝子の影響を受けるのかもしれません。

○薬物療法は単なる対症療法か?

場面緘黙症に対して薬物療法を実施する但し書きとして、「お薬はあくまで対症療法であって、一時的に不安を下げることで心理療法を行いやすくする」という趣旨が述べられることがあります。この論文を読んだ私としては、そんな単純な話なのだろうか?と猜疑心が湧いてきます。

薬物は確かに不安を下げることで心理療法を円滑にするという効果があるのでしょう。しかし、注意の歪みが不安の形成に積極的役割を果たしており(Eldar et al., 2008)認知行動療法によって注意バイアスが減少する(Legerstee et al., 2010)ことおよび今回の結果を踏まえると、薬には単なる抗不安作用というより、不安を形成、持続させる知覚や認知に働きかける効果があるとの推論に達してしまいます。

一方、注意バイアスの修正訓練にはトップダウン処理が関わっている(Eldar et al., 2008)とされます。薬物用法がポジティブな刺激に対する認知能力をボトムアップ型で上げるとするならば、注意の歪みを修正する認知行動療法はトップダウン型で認知の歪みを修正することになります。

したがって、(注意バイアスが修正されるような)心理療法と薬物療法の組み合わせは、上下から不安障害を挟み撃ちして追い払うと推察されます。認知行動療法と薬物療法を組み合わせると単独療法よりも効果が大きくなるのはこうした理由からなのかもしれません。

しかし、この辺の研究はまだまだ発展途上で、ましてや専門家でないにも関わらず論文を読むような変人には本当のところはわかりません。

【追記(2月18日)】

セロトニントランスポーター遺伝子が長い人は短い人とくらべて、SSRIの長期間投与で悲しみや恐怖の表情の知覚が弱まる程度が大きいとの研究があるそうです。下記の論文です。

Hinkelmann, K., Dragoi, L., Gompf, J., Muhtz, C., Demiralay, C., Yassouridis, A., Wiedemann, K., & Kellner, M. (2010). Decreased recognition of negative affect after selective serotonin reuptake inhibition is dependent on genotype. Psychiatry Research, 177, 354-357.

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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