トリイ・ヘイデン著『檻のなかの子』の感想 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

先日、図書館で『檻のなかの子―憎悪にとらわれた少年の物語』を借りてきました。



『檻のなかの子―憎悪にとらわれた少年の物語』と、日本語の題名になっていますが、もちろんこれは邦訳で原題は『Murphy's Boy』です。1983年に世界的なベストセラー作家、トリイ・ヘイデン(Torey Hayden)氏が執筆した本(翻訳者は入江真佐子氏)です。2005年に翻訳されたものを読みました。その感想でも書いてみたいと思います。

なお、『檻のなかの子』では親からの身体的虐待を「背景」とした緘黙症の少年が描かれていますが、虐待がなくても緘黙症になる子/人がいることにご注意ください。後に述べるように私の認識は「背景」です。本書だけでは主因または一因とまで断定できません。

文庫本と単行本の両方があるのですが、私は単行本を読みました。表紙の画像も単行本の方です。英語版を検索してみると、『Murphy's Boy』(檻の中の子)が『Silent Boy: He Was a Frightened Boy Who Refused to Speak - Until a Teacher's Love Broke Through the Silence』という題名に変わっているバージョンも発見できます。下の商品紹介画像がその表紙です。

まず、私が驚いたのは作者が児童心理学者、教育心理学者という立派な肩書の持ち主だったことです(本作の著者紹介より)。特に情緒障害児に対する臨床経験が豊富なようです。

トリイ・ヘイデンさんという方は以前から知っていたのですが、緘黙児が登場する本を出しているという認識しかありませんでした。たしかに調べてみると、Journal of The American Academy of Child and Adolescent Psychiatry(1980年)に掲載された"Classifications of Elective Mutism”という論文は彼女が著したものでした。論文自体は軽く読んだことがあるのですが、著者は失念していました。お恥ずかしい限りです。

私が今、手にしている本にはノンフィクションと断定している記述はないのですが、おそらく『檻のなかの子―憎悪にとらわれた少年の物語』もノンフィクションなのでしょう。なにせ、彼女はノンフィクション作家で有名で、彼女の日本語版公式ホームページにもノンフィクションと書いてあるのですから。

●注意:以下では少しネタバレが含まれています

本文には序盤のほうに「選択的無言症(elective mutism)」という表現がでてきます。無言症は緘黙症と同義です。また、精神科医、斎藤学氏による巻末の「解説」には選択性緘黙(selective mutism)との表記があります。

本書によれば、トリイ・ヘイデン氏は選択的無言症の研究を継続していたとのことで、そのため彼女に一言もしゃべらないケヴィン・リクターを担当させられたようです。しかし、トリイ・ヘイデン氏自身もケヴィンはこれまでの緘黙児とは異なるようだと述懐しています。

トークンエコノミーの使用が盛んに言及されており、当時から有名な方法だったことが窺われます。さすが、行動療法といったところでしょうか。また、医学雑誌、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(The New England Journal of Medicine)のくだりは思わずニヤッとさせられました。

おっと、少し脱線しました…。閑話休題、本題に戻ります。

○虐待は緘黙症の背景であって、主因とまでは断定できない

この作品に登場する緘黙少年が一言もしゃべらないのは義父による虐待(および母親の傍観)が一因(原因?)である可能性があります。義理の父親が妹、キャロルへの虐待をし、果ては彼女が殺害される場面を間近で目撃したことも緘黙症の背景となったようです。その点、注意する必要がありそうです。

しかし、無粋なことを申しますと、たとえ虐待を受けた子が緘黙していても、それだけでは「その子が緘黙している原因は虐待である」と証明することはできません。先に(不安障害としての)緘黙症が生じ、後に虐待の犠牲となることもあり得るからです。

また、家庭での虐待と同時期に学校などで不愉快なことを経験した場合は、虐待が原因の緘黙症なのかそれとも、また別の要因による緘黙症なのかがますます分からなくなります。もっとも、家庭でだけ話さないという場合は家族からの虐待の可能性を頭の片隅に置いておいた方がいいのかもしれません。

そのような観点から本作品を読んでいくと、ケヴィンが緘黙する前に虐待が始まったのか、それとも虐待の後に緘黙が始まったのか明確な記述がないことに気がつくはずです。だとすると、虐待が緘黙症の一因であると断言することはできません。あるいは、虐待の前段階から不愉快なことをされた結果、緘黙してしまい、しゃべらないことに腹を立て、虐待に発展した可能性すらあります。

しかし、作品解説中で斎藤学氏は「父からの身体的・心理的虐待とそれを庇えない無力な母との組み合わせが生んだ選択性緘黙」と断言しており、その点、私とは見解を異にするようです。ちなみにトリイ・ヘイデン氏は本文中でたくみに原因または一因という言葉を避けているという印象でした。これは意図的であるかもしれませんし、偶然そうなっただけかもしれません。

ただし、虐待が子どもの精神衛生にプラスの影響をもたらすことは稀で、ケヴィンの緘黙症も虐待経験によって治りづらくなったといえるかもしれません。

○臨床家視点というところが独特

臨床家の立場から見た緘黙症をノンフィクションとしてまとめた作品はほとんど例にないもので、不安障害としての緘黙症でも同じような書籍が公刊されれば、緘黙症の人や緘黙症だった人が臨床家にどのように思われているか、考える材料にできるでしょう。

あるいは、緘黙症が治った方が(児童)精神科医になられて、その体験を本にまとめるということが将来的に行われるのかもしれません。自閉症スペクトラム障害ではそのような書籍がすでに出版されています。たとえば、Lobin H.著『無限振子 精神科医となった自閉症者の声無き叫び』(協同医書出版社)です。もっとも、自閉症スペクトラム障害に治るという表現を使用することは不適切かもしれませんが。

じつは、本書に登場する緘黙少年、ケヴィンが30代になった頃、トリイ・ヘイデン氏の公式HPにメッセージを寄せています(参考URL参照)。それによれば、病院に職を得て、結婚し、男の子も授かったとのことです。

トリイ・ヘイデン氏は『檻の中の子』以外にも緘黙症の子どもが登場するノンフィクションを著しています。その中の1つ、『幽霊のような子―恐怖をかかえた少女の物語』についても読書感想文のような記事を書きました。その記事はこちらです⇒『幽霊のような子』( トリイ・ヘイデン著)を読んだ感想

参考URL(2013年7月25日現在)

トリイ・ヘイデン公式ウェブサイト-著作『檻のなかの子』紹介ページ

http://www.torey-hayden.com/japan/murphys_boyj.htm

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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