扁桃体損傷患者S.M.さんはパーソナルスペースが狭い | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

パーソナルスペース(personal space)という言葉をご存知でしょうか?

パーソナルスペースとは他者がこれ以上接近すると、不快になる自分の周りの空間のことです。満員電車が不快なのはパーソナルスペースが侵されるからだという説もあります。

今回は扁桃体損傷患者S.M.さんはパーソナルスペースが狭い(もしくは全くない)という研究です。また、本研究では健康な人でも他者が近くにいると認識していると、扁桃体が活発になることも示されています。

Kennedy, D. P., Gläscher, J., Tyszka, J. M., & Adolphs, R. (2009). Personal space regulation by the human amygdala. Nature Neuroscience, 12(10), 1226-1227. doi:10.1038/nn.2381.

★概要

ウルバッハ・ビーテ病で左右の扁桃体が損傷されている女性、S.M.さん(実験当時42歳)と対照群の健常者20名(平均年齢36.8±9.9歳,男性6人)が参加しました。

S.M.さんと健常者には女性の実験者が段々と近づいて、快適になる距離で「ストップ!」と言ってもらいました。これを4回繰り返し、平均値を算出しました。この距離をパーソナルスペースの指標としました。ただし、被験者が動く条件もありました。

健常者のfMRI(機能的磁気共鳴画像)実験には8人の健康な男性(平均年齢29.2歳)が参加しました。

fMRIの装置の近くに実験者が立っていると被験者が知っている条件と、実験者が遠くに立っていると被験者が知っている条件とを設定しました(fMRI中には直接実験者の居場所を見ることができないため)。

●S.M.さんの結果

○S.M.さんのパーソナルスペースはないに等しい

扁桃体損傷患者のS.M.さんはパーソナルスペースが0.34±0.02mで、健常群のパーソナルスペースは0.76±0.34m(範囲:0.44m~1.52m)と有意にS.M.さんのほうが狭い結果となりました。

また、健常者の誰一人としてS.M.さんよりもパーソナルスペースが狭い人はいませんでした。これはどんな実験手続き(直視条件/視線を逸らした条件、被験者が接近される側/接近する側、スタート地点の遠近)でもそうでした。

実験者の親友のパーソナルスペースでさえ0.64±0.04mと、S.M.さんよりも広い結果となりました。ちなみに、S.M.さんは実験者を知ってから1週間も経っていません。

事実、S.M.さんは鼻と鼻がぶつかるほど、接近した距離でアイコンタクトをとっていても「全く快適である(perfectly comfortable)」と言いました。

さらに、S.M.さんは異常なほど近い距離で全く見知らぬ男性と会話をしても、「全く快適である(perfectly comfortable)」と報告しました。

○S.M.さんは他者にパーソナルスペースがあることを理解している

S.M.さんは実験者に接近しすぎて不快にさせたくないと言いました。

また、自分のパーソナルスペースが他人よりも狭いことはS.M.さん自身理解しているようでした。事実、S.M.さんに他者のパーソナルスペースの境界を推測してもらうと、0.47±0.03mと自身の値である0.34±0.02mよりも38%遠い距離を述べました。

これらの結果はS.M.さんが他者にパーソナルスペースがあることを理解していることを示しています。

●健常者でパーソナルスペースのfMRIをした結果

実験者が近くにいると知っている条件で両側扁桃体が活性化しました(遠くにいると知っている条件との比較)。1人を除いて、その他の全員の扁桃体が左右の両半球ともに賦活(平均値)しました。

ちなみに、例外の1人は実験者の遠近による左扁桃体活動の差がほとんどないという結果になっています(私の印象)。ただし、右扁桃体なら差がある模様です(これまた私の印象)。

★コメント

本論文を読む限りでは、どうやら扁桃体はパーソナルスペースの確保に重要なようです。事実、本論文に引用されている文献によればS.M.さんだけでなく、両側扁桃体を損傷したお猿さんでも他の猿やヒトに異常に接近する行動が観察されるそうです。ただし、ヒトのパーソナルスペースに関する神経科学的研究はほとんどなく、いまだ十分に解明されたとはいえません。

fMRIの実験はROI(Region Of Interest)分析をしていました。ROI分析とは関心領域の分析のことで、研究仮説に基づいてあらかじめ計測する脳部位を絞り込む分析方法のことです。したがって、本研究では扁桃体しか分析対象にしていません。他の脳部位(またはネットワーク)については不明のままです。

S.M.さんは扁桃体損傷事例で有名ですが、扁桃体以外にも損傷部位がある場合は、パーソナルスペースが極端に狭いという本知見が扁桃体損傷によるものかどうかは結論付けることができません。

ところで、記憶と海馬の研究に貢献したH.M.(本名Henry Gustav Molaiso:ヘンリー・グスタフ・モレゾン)さんという患者は難治性てんかんのため、両側側頭葉切除術を受け、海馬の大部分が摘出されたと考えられていましたし、脳画像検査でも確認されていました。しかし、後に患者H.M.の死後脳で脳切片を作製し、3次元(3D)脳画像を作ったところ、実際には海馬の大部分が残っていて、脳深部の白質神経線維や左眼窩前頭葉も損傷されていることが判明しました。

なぜこのような結果になったかというと、H.M.の脳画像検査を行った1990年代には分解能が高くなかったのが原因の1つだとされています。ちなみにこの結果は2014年にネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)発行のNature Communicationsに掲載されています(以下の論文がそれ)。

Annese, J., Schenker-Ahmed, N. M., Bartsch, H., Maechler, P., Sheh, C., Thomas, N., Kayano, J., Ghatan, A., Bresler, N., Frosch, M. P., Klaming, R., & Corkin, S. (2014). Postmortem examination of patient HM’s brain based on histological sectioning and digital 3D reconstruction. Nature Communications, 5:3122. doi:10.1038/ncomms4122.

H.M.さんの教訓を踏まえると、S.M.さんでも画像診断が昔の場合には扁桃体の損傷程度が実際よりも小さい可能性や他の損傷領域が死後に見つかる可能性があります(S.M.さんはまだ死んでいません)。

ちなみに、35%濃度の二酸化炭素吸引によりS.M.さんはパニック発作/恐怖を感じるだけでなく、心拍数や呼吸速度も上昇することが分かっています。

S.M.さんがパニック発作/恐怖を経験した研究⇒CO2吸引によるパニック発作、恐怖に扁桃体は必要ない

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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