内向的な人は外向的人間を演じても認知的負荷が生じない | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、アブストラクト(要旨)だけ読んだ、内向性に関する興味深い論文を取り上げます。ほとんどが、最新の研究成果です。

なぜ、内向性なのかというと、社会不安やシャイネスと関連する概念として押さえておきたいからです。

今回は外向的人間が内向的に振る舞うと認知的負荷が強いが、内向的人間が外向的に振る舞っても認知的負荷は弱い(または生じない)という研究です。

なお、内向性以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事⇒絶対音感の人は共感覚であることが多く、両者は遺伝的にも連鎖している

↑絶対音感と共感覚は併存しやすいようです。

Zelenski, J. M., Santoro, M. S., & Whelan, D. C. (2012). Would introverts be better off if they acted more like extraverts? Exploring emotional and cognitive consequences of counterdispositional behavior. Emotion, 12(2), 290-303. doi:10.1037/a0025169.

オンタリオ州オタワ(カナダ)のカールトン大学心理学部の研究です。

○背景

Fleeson et al(2002).によると、人間は内向的か外向的かに関わらず、内向的に振る舞うよりも外向的に振る舞う方が幸せです。しかし、自分の人格とは異なる性格を演じると感情的・認知的コストがかかるかもしれません。したがって、本研究では内向的人間(外向的人間)が外向的性格(内向的性格)を演じる際にコストが生じるかどうか調べました。

なお、Fleeson et al(2002).は個人内での外向的行動の変動がポジティブ感情に与える影響を調査したものであり、個人間の比較、つまり外向的人間と内向的人間を比較した研究ではないことに注意が必要です。

*Fleeson et al(2002).とは以下の文献のこと

Fleeson, W., Malanos, A. B., & Achille, N. M. (2002). An intraindividual process approach to the relationship between extraversion and positive affect: is acting extraverted as" good" as being extraverted? Journal of Personality & Social Psychology, 83(6), 1409-1422. doi:10.1037/0022-3514.83.6.1409.

○実験手続き

被験者を外向的に行動させる群と内向的に行動させる群にランダムに割り当てました。そして、ネガティブ感情レベルやストループ課題(stroop task)の成績を定量化しました。

ストループ課題とは文字の色を回答する認知課題のことです。文字は緑や赤など色を意味する語になっており、文字の色と矛盾する場合、認知的な負荷がかかります(たとえば、青色で書かれている赤という文字で青色と答えるのは図形の色を答えるのに比べて難しい等)。

○実験結果と考察

その結果、本来の外向的・内向的気質(心理的傾向:disposition)に関わらず、外向的に振る舞った群はポジティブ感情が増加しました。一方、ネガティブ感情は強まりませんでした。

また、外向性が高い人が内向的に振る舞うと、ストループ課題の成績が悪くなりました。このことは外向的な人間が内向的人間を演じるのに認知的負荷がかかっていることを示唆します。

ところが、内向性が高い人が外向的に振る舞っても、ストループ課題の成績が悪くなりませんでした。この結果を研究チームは内向的人間の外向的行動がポジティブ感情を高め、それが認知的負荷を弱めたのではないかなどと推察しています。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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