扁桃体損傷患者SMに恐怖の表情を認識させる方法 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

脳の左右両半球にある全ての扁桃核を損傷した患者SMは恐怖の表情を認識することができません。しかし、なぜ扁桃体の損傷が恐れの表情の認識障害につながるのかは謎でした。今回はその謎に挑んだ研究です。

なお、記事のタイトルは「扁桃体損傷患者SMに恐怖の表情を認識させる方法」としましたが、本来ならば「恐怖の表情の認識には扁桃体による両目への視線分配が必要」とでもすべき内容です。しかし、恐怖の表情を認識できない患者SMが恐れの表情を認識する方法があることを強調するために、このようなタイトルにしました。

また私の独断で実験1、実験2と続けますが、レター論文のためか原著論文には番号がありません。レター論文という特性上、統計的分析にも少しおおざっぱな部分があり、それに伴い本記事も少しアバウトな書き方をしています。

カリフォルニア工科大学、アイオワ大学といえば扁桃体損傷患者の研究で有名ですが、第一著者のラルフ・アドルフ(Ralph Adolphs)氏もカリフォルニア工科大学、アイオワ大学神経科学部に所属しています。

Adolphs, R., Gosselin, F., Buchanan, T. W., Tranel, D., Schyns, P., & Damasio, A. R. (2005). A mechanism for impaired fear recognition after amygdala damage. Nature, 433(7021), 68-72. doi:10.1038/nature03086.

★概要

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症/ウルバッハ‐ビーテ病(Urbach-Wiethe disease)で両側扁桃体を損傷した患者SMと健常者が参加しました。患者SMは女性なので健常者は全員女性でした。年齢もマッチさせました。実験によっては側頭葉摘出で片側扁桃体を損傷した患者にも協力してもらいました。

ウルバッハ‐ビーテ病とはヒアリン様物質が皮膚、粘膜、脳などに浸潤する劣性の遺伝疾患のことです。扁桃体が石灰化することで知られている病気です。

○実験1の手続き

用いた顔刺激は恐れの表情と幸せの表情でした。被験者には顔刺激が幸福か恐怖、どちらの表情か回答させました。

bubblesで顔の一部だけ見えるようにしました(bubbles task:bubbles課題)。見える顔の部分はランダムに決めました。

bubbles taskとは実験参加者のカテゴリー課題の成績からカテゴリー化に使用した情報を分析する手法のことです。また、bubblesには顔の一部だけ「泡のように」見えるという意味があると考えられますから、被験者に見せている刺激の一部という意味もあるのかもしれません。

○実験1の結果

弁別成績が75%になるbubblesの数は健常者群で平均16.5個(範囲:13~23)、患者SMで30.8個とSMさんの方が多くなりましたが、統計的検定は施されていません。患者SM、健常者群ともに表情によって必要なbubblesの数に違いはありませんでした(つまり、患者SMは恐怖表情・幸福表情のどちらでも必要なbubblesが多い)。

*bubblesが多いほど、表情を認識するのに見える顔の部分がより多く必要であることを意味します。

また、bubblesの位置と弁別成績に関する重回帰分析により健常者群は幸せ表情と恐怖表情を区別するのに両目の情報を使うのに対し、患者SMは両目の情報を使用していないことが判明しました。また、SMさんは表情の弁別を両目以外の情報で補っているという証拠もありませんでした。

ただし、患者SMは口の情報を用いることができるとの結果が得られています。特に幸福表情を認識する際に口や鼻の情報を使うようです。

また、恐れの表情を認識する能力が残っている片側扁桃体損傷患者13名に同じ課題を実施したところ、目の情報を利用できていることが判明しました。

○実験2の手続き(先行研究?)

無表情、幸福、驚き、恐怖、怒り、嫌悪、悲しみの7選択で表情弁別課題を実施(bubbles task)。

○実験2の結果(先行研究?)

健常者群は恐怖の表情の識別に両目の情報を最も使っていました。また、悲しみと怒りでも目の情報を多く使用していましたが、悲しい表情と怒りの表情は扁桃体損傷後に認識障害をきたしやすい表情です。

○実験3の手続き

実験1と同じ方法を用いましたが、今度は表情ではなく性別弁別課題でした(bubbles task)。

○実験3の結果

性別弁別課題では患者SMが必要とするbubblesの数は健常者と変わりませんでした(むしろ少ない)。最も重要なことは性別判断の際には患者SMは口だけでなく、目の情報も利用できたことでした。これは表情弁別の際は目の情報を利用できないこととは真逆の結果です。

ただし、顔の全てを見せた性別弁別課題では恐れの表情の目に対する注視が患者SMで少なくなりました(健常者群との比較:実験5の結果)。

以下、bubblesで顔の一部だけしか見せないのではなく、普通の顔を見せる実験。

○実験4

6つの表情(幸福・驚愕・怒り・嫌悪・悲しみ・恐怖)を弁別させました。また、両目をグレーの長方形に取り換えた表情(両目除去顔)も用いました。

○実験4の結果

健常者群でも両目を取り除いた恐怖の表情を認識するのが難しくなりました(12人中3人が患者SMと同程度かそれより悪い成績になりました)。一方、患者SMは両目を取り除いても恐怖の表情の認識力に変化はありませんでした。また、これは他の表情でも同様で、両目を取り除くと健常者群で認識力の低下が生じ、患者SMでは生じませんでした。

○実験5の手続き

角膜反射アイトラッキングシステム(角膜反射アイトラッカー)による眼球運動の計測。

用いた表情は6つの表情(幸福・驚愕・怒り・嫌悪・悲しみ・恐怖)。実験はpassive viewing(見るだけ)条件、情動認識課題、性別認識課題。

○実験5の結果

患者SMは全ての表情で目に対する注視が少なくなっていました(健常者群との比較)。しかし、患者SMは恐怖以外の幸福・驚愕・怒り・嫌悪・悲しみの表情は健常者と同等に認識できました(実験7の結果)。passive viewing条件でも情動認識課題でも性別認識課題でも患者SMは目に対する注視が少なくなっていました(恐れの表情)。

*目に対する注視数とは顔全体の注視数に対する目への注視数の割合のこと

○実験6(統制課題)の手続き

顔刺激が呈示される前の注視印(fixation cross)を左目または右目に移動させ、表情認識課題を実施。実験5と同様にアイトラッカーで眼球運動を計測。

*実験6以外は注視印は鼻が呈示される位置にありました。

○実験6の結果

患者SMの眼に対する注視は依然少なく、恐れの表情の認識に障害があるままでした(健常者群との比較)。

○実験7の手続き

被験者に目を見るように指示(教示)し、表情課題。

○実験7の結果

患者SMは恐怖の表情にある両目を見るようになりました。さらに、恐怖表情の認識力が正常になりました(10人の健常者の平均値との比較)。これは2回再現されました。

ただし、眼を見るように教示しないと自発的に目を見ず、恐れの表情が認識できないという元の状態に戻ったことから、教示した場合にしか認識力が回復しないことが示されました。

★コメント

以上をまとめると、

1.健常者は表情、特に恐れの表情の弁別に目の情報を用いている(実験1,実験2,実験4)

2.両側扁桃体損傷患者SMは性別弁別の時には両目の情報を使えるが、恐怖と幸福の表情弁別の際には使えない(実験1,実験3)し、6つの表情の認識の際にも両目の情報を使用していない(実験4)

3.両側扁桃体損傷患者SMは全ての表情で両目に対する注視回数が減少しているが、認識に障害が出るのは恐怖の表情だけ(実験5)

4.両目に対する注視と恐怖表情の認識に因果関係が存在している(実験7)

ということになります。要するに、少なくとも恐れの表情を認識するには両目の情報が必要で、両側扁桃体を損傷していると、両目に視線(注意)を向けなくなるため恐怖表情が認識できなくなるというわけです。


以上の実験結果や先行研究から、研究チームは少なくとも患者SMでは両側扁桃体損傷が原因の恐怖表情の認識障害は目の情報を処理できないことが一因ではなくて、表情認識のために視覚システムの資源を目に注げないことが一因であると主張しています。

扁桃体は不安や恐怖の生成自体には関与しないのかもしれませんが、眼に注意を向けさせるようです。本論文以外にも扁桃体と眼の関係を指摘する文献は多いです。ただ、個人的には扁桃体のどの部位が眼へ注意を向けさせるのか明らかにしてほしいところです。

どうやら、扁桃体は目に視線を向けさせる脳部位でそれが恐怖表情の認識を助けているようです。だとすると、両側扁桃体損傷が恐怖表情の認識障害を引き起こすのは扁桃体が脅威刺激の処理に関与していることの証拠にはならないかもしれません。というのも、扁桃体の役割は眼に注意を向けさせることであって、恐怖の表情の認識自体はその副産物にすぎないと考えることも可能だからです。

○限界

患者SMを対象とした実験的研究の限界としては、実験室での結果であるということがあげられます。実験室での実験結果で患者SMが恐怖の表情を認識できないということが示されていても、実生活でもそうなのかどうかは不明です。

また、表情以外にも文脈や身体動作など様々な手がかりを利用して、相手が怖がっているかどうか判断することもできます。したがって、患者SMは恐怖表情は認識できなくても、相手が怖がっているという判断はできるかもしれません。

ところで、患者SMはパーソナルスペースが狭い(Kennedy et al., 2009)という報告があります。目を見るように指示して患者SMのパーソナルスペースを計測したらどうなるのでしょうか?気になるところです。なにせアイトラッカーを用いた実験5によれば、基本的な6つの表情すべてに対して患者SMは目への注視が減っていましたからね(無表情も実験したら良かったのに)。

関連記事⇒CO2吸引によるパニック発作、恐怖に扁桃体は必要ない

↑患者SMは二酸化炭素吸引でパニック発作/恐怖を起こすことを示した研究

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ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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