扁桃体基底外側部損傷患者は恐怖表情に敏感 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
HOME   »   扁桃体の研究  »  扁桃体基底外側部損傷患者は恐怖表情に敏感

問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

一口に扁桃体といっても大きく3つの領域に分けられます。今回取り上げる論文に従えば、扁桃体基底外側部(基底外側扁桃体)、中心内側扁桃体、superficial扁桃体(扁桃体表層部)です。

最近のネズミ(げっ歯類)の研究は、扁桃体基底外側部が中心内側扁桃体を抑制し、恐怖反応を抑えていることを見出しています。したがって、扁桃体は下位領域(もしくは他の脳部位との結合)ごとに機能が異なると考えられます。

参考記事⇒扁桃体には不安・恐怖を抑制する機能もある

以下は各部位の構成要素ですが、非常にマニアックな内容であるため、読み飛ばしてもらっても差し支えありません。

扁桃体基底外側部:扁桃体外側核、扁桃体基底外側核、扁桃体基底内側核、扁桃体paralaminar核(扁桃体髄板傍部核)

中心内側扁桃体:扁桃体中心核と扁桃体内側核

superficial扁桃体(皮質扁桃体):扁桃前野(前扁桃野:anterior amygdaloid area)、 扁桃核梨状皮質移行領域(amygdala–piriform transition area)、扁桃海馬領域(amygdaloid-hippocampal area)、扁桃皮質核

扁桃体は脅威刺激の処理を担っていると考えられていますが、果たして全ての扁桃体領域が脅威刺激の処理を促進しているのでしょうか?今回は扁桃核の全てが損傷している患者SMとは違って、損傷が両側扁桃体基底外側部に限局され、他の扁桃体領域がほとんど壊れていない患者を対象とした研究です。

Terburg, D., Morgan, B. E., Montoya, E. R., Hooge, I. T., Thornton, H. B., Hariri, A. R., Panksepp, J., Stein, D. J., & Van Honk, J. (2012). Hypervigilance for fear after basolateral amygdala damage in humans. Translational Psychiatry, 2, e115. doi:10.1038/tp.2012.46.

★概要

○方法

ウルバッハ-ビーテ病(Urbach-Wiethe disease)で両側扁桃体基底外側部を損傷している女性患者5名と性別、年齢、IQ、居住地をマッチさせた健常者12名が実験に参加しました。

*ウルバッハ-ビーテ病とはヒアリン様物質が皮膚、粘膜、脳などに浸潤する劣性の遺伝疾患のことです。扁桃体が石灰化で損傷することが知られている病気です。ウルバッハ-ビーテ病はウルバッハ-ビーテ類脂質蛋白症(Lipoid Proteinosis)とも呼ばれます。

●損傷部位の確認

MRI(核磁気共鳴画像法)により、今回参加したウルバッハ-ビーテ病の女性患者の損傷部位は両側扁桃体基底外側部が中心であることが確認されました。中心内側扁桃体が石灰化で損傷されていた患者はいませんでした。ただし、ウルバッハ-ビーテ病患者の内、2人は損傷が右superficial扁桃体にまで及んでいました(内1人は左海馬アンモン角、左海馬扁桃移行領域、右嗅内皮質を損傷)。

*損傷部位の確定にcytoarchitectonic probability maps(細胞構築的可能性地図)という方法を使用していましたが、私には原理がぼんやりとしか理解できず、図の見方もなんとなくしか分かりませんでした。なお、関心領域の表現がROI(Region Of Interest)ではなく、VOI(Volume Of Interest)となっていたので3Dの脳分析です。

また、表情マッチング課題(Emotion Matching Task)によるfMRI(機能的MRI)での検証でも両側扁桃体基底外側部が活動しておらず、superficial扁桃体と中心内側扁桃体が活動していることが確認されました。

*fMRIでもROIの構築のためにcytoarchitectonic probability mapsを使っていました。

*表情マッチング課題についてはArce et al.(2008)Pujol et al.(2009)Labuschagne et al.(2010)などを参照して下さい。

●サブリミナル恐怖警戒課題(subliminal fear vigilance task)

14ms呈示した顔の色を口頭で回答してもらいました。顔の色は赤、緑、青の3色、表情は中性、恐怖、幸福(笑顔)を用いました。意識下逆向マスキング(backward masking)の手続きを踏みました。

*逆向マスキングとは刺激(顔)を短時間呈示した後、それを覆うようなマスキング刺激(masking stimulus)を呈示することにより、先行刺激(顔)の認識ができなくなる現象が生じることをいいます。事実、本実験において健常者の1人を除いて、チャンスレベル(偶然)以上に表情を認識できた人はいませんでした。

指標は反応時間で、恐怖顔の色を答えるのが遅くなることが脅威刺激に対する警戒を反映していることを利用しています。ある意味で注意バイアスと同じといえそうですが、単語を情動刺激とした情動ストループ課題を用いたWang et al.(2013)とは違って今回は、情動刺激が顔(表情)で、サブリミナルな逆行マスキングを用いている点が異なります。

●動的表情認識課題(dynamic emotion recognition task)

無表情から基本的表情(怒・嫌・恐・幸・悲・驚)の内の1つに変化させ、情動に対応する形容詞を6つの選択肢から選んでもらいました。最終的な表情レベルは20%~100%までに設定し、何%で認識できるかどうか調べ、感度得点(sensitivity scores)を算出しました。また、表情レベルが100%の時の成績を表情認識精度の指標としました。

さらに、赤外線アイトラッカー(infrared eye tracker)により、眼球運動(視線)を記録しました。これにより目や口に対する視線の注視時間や注視数(注視割合)を定量化しました。なお、目・口への注視数は顔全体に対する注視数に対する割合で求めています。

○結果

●サブリミナル恐怖警戒課題(subliminal fear vigilance task)

恐怖表情ー中性表情と恐怖表情ー幸福表情のどちらの比較でも、扁桃体基底外側部損傷患者が恐怖表情の試行の時に反応時間が遅くなることが示されました⇒扁桃体基底外側部損傷で恐怖表情に対する注意バイアスが高まる

また、さらに厳格な分析、つまり分析するデータを先行試行が中性表情だった場合に限定しても恐怖表情ー中性表情で同じ結果が再現されました。

これらの結果はサブリミナル表情を認識できた1人を除いても変わりませんでした。

●動的表情認識課題(dynamic emotion recognition task)

顔を見る時間、口/眼に対する注視割合、口に対する注視時間でウルバッハ-ビーテ病患者群は健常者群と有意差がありませんでした。

しかし、ウルバッハ-ビーテ病患者群は目に対する注視時間が長くなりました(健常者群との比較)。

以上の分析はすべての表情を込みにした結果ですが、恐怖表情だけでも同じ結果が得られました。つまり、恐怖表情・口を見る時間、恐怖の口・眼に対する注視割合は健常者群と差がないのに、ウルバッハ-ビーテ病患者群は恐怖の眼を長く見ていました。

恐怖の表情を認識するのに必要な表情強度は患者群の方が健常者群よりも低かったのですが、有意差は検出されませんでした。しかし、ウルバッハ-ビーテ病患者群は100%強度の恐怖表情を認識するのが上手でした(健常者群との比較)。

●静的表情認識課題(static emotion recognition task)

実は静的表情認識課題というのもやっているのですが、これについては補足情報(Supplementary Information)を見ろということで、詳しく書かれていません。補足情報によれば、ウルバッハ-ビーテ病患者群と健常者群で表情認識力、感じる表情の強さに有意差はないとのことです。

しかし、ウルバッハ-ビーテ病患者群は口の注視時間が有意に長く、目への注視時間は有意傾向でしたが長くなりました(健常者群との比較)。また、恐怖の眼に対する注視時間もウルバッハ-ビーテ病患者群で長くなりました(有意傾向,健常者群との比較)。

★コメント

以上をまとめると、脳の損傷部位が扁桃体基底外側部中心だと恐怖の表情に対する反応が遅く(≒脅威刺激への警戒が強い?)、目を見る時間も長くなり、恐怖表情の認識が得意である、ということになります。したがって、基底外側扁桃体には脅威刺激に対する警戒を弱める機能があると推測することができます。

全ての扁桃核を損傷した患者SMは恐怖の表情を認識できないのに、目を見るように指示すると認識できるようになります。本実験では扁桃体基底外側部損傷患者で目を見る時間が長く、恐怖表情の認識力も高かった点が患者SMの実験と一致します。

扁桃体基底外側部損傷患者で恐怖表情への警戒が強まり、恐怖表情の認識力が高かったという結果は従来の扁桃体のイメージとは逆のものです。しかし、従来の知見はSMさんなど、扁桃体が全壊に近い状態かもしくは損傷部位が特定の領域に限局していない患者を対象としたものがほとんどでした。したがって、扁桃体基底外側部に限定した損傷は恐怖の認識力の向上をもたらすという本結果は非常に貴重な研究です。

扁桃体が脅威シグナルを受け取って、過剰反応すると、不安・恐怖(行動)が生じるというのが場面緘黙症の世界だけでなく、その他の分野でもよく見受けられる説明ですが、実際には扁桃体の内、少なくとも基底外側部は脅威シグナルの影響を抑制する働きをしているかもしれません。

注意バイアスは不安の原因と考えられています。したがって、もしかしたら扁桃体基底外側部損傷患者は不安が高いのかもしれません。今後の研究が期待されます。もっとも今回の実験はあくまでもサブリミナルな恐怖表情に対する注意バイアスですから、意識上の注意バイアスがあるのかどうかは分かりませんが。

近年、げっ歯類(ラットやマウス)による研究でも同様の結果が示されており、扁桃体基底外側部は無条件反応としての恐怖を抑制する機能を有していることが分かってきました。本結果はそれと合致するものです。ただ、個人的にはげっ歯類からいきなりヒトでの研究に飛んでいるので、なんだかな~という印象は否めません。しかし、扁桃体基底外側部が恐怖を抑制することが分かったのはオプトジェネティックス(光遺伝学)の成果ですから、ごく最近のことです。したがって、アカゲザルなどのお猿さんでの研究が不足しているのは仕方のないことだといえます。

*オプトジェネティクスとは「神経回路機能を光と遺伝子操作を使って調べる研究分野」で、「ミリ秒単位の時間的精度をもった制御を特徴」とします(理化学研究所HPより)。

動的表情認識課題の分析が恐怖の表情とその他5つの表情の合計で、少し強引な気がします。無表情も追加して追試してみるといいかもしれません。

限界があるとはいえ、全ての扁桃核を損傷したSMさんの事例とは違い、本研究は損傷部位が扁桃体の基底外側部が中心でその他の扁桃体下位領域が機能している患者が対象となっています。こんな貴重な研究対象はなかなかいないでしょう(ただし、発症から時間が経てばたつほど、石灰化が広がる)。今後もオランダのユトレヒト大学、南アフリカ共和国のケープタウン大学等が行う扁桃体基底外側部に限局した損傷患者の研究に注目していきたいと思います。

後続研究⇒基底外側扁桃体損傷者は脅威の身体ジェスチャーを無視するのが苦手

スポンサードリンク

Comment

スポンサードリンク

Trackback
Comment form
カテゴリ
ランキング
Twitter
スマートフォンサイト
Amazon書籍
場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

リンクについて
このサイトはリンクフリーです。リンクの取り外しはご自由になさって下さい。個別ページのSNSでの共有やブログ、サイトへのリンクも自由です。
プライバシーポリシー
当ブログはGoogle Adsense広告を掲載しています。Google Adsenseでは広告の適切な配信のためにcookie(クッキー)を使用しています。ユーザーはcookieを無効にすることができます。

なお、Google Adsenseで上げた収益は将来のホームレス生活を見越し、すべて貯金にまわしています。
免責事項
ブログ記事の内容には万全の注意を払っていますが、管理人はその内容の正確さについて責任を負うものではありません。

PAGE TOP