村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』に緘黙症? | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)村上春樹。

日本でその名を知らない人はほとんどいないのではないでしょうか?小説といえば、緻密な論理的構成からなる本格推理小説(叙述トリック物も含む)と緘黙症が登場する作品ぐらいしか読まない私でも知っているくらいです。

もっとも私が読んだ、緘黙症が登場する作品といえば、盛田隆二『二人静』(光文社)トリイ・ヘイデン『檻のなかの子―憎悪にとらわれた少年の物語』(早川書房)トリイ・ヘイデン『幽霊のような子―恐怖をかかえた少女の物語』(早川書房)ぐらいしかありませんが。

村上春樹氏の作品は各国語に翻訳され、世界に知れ渡っているだけでなく、ノーベル文学賞の有力候補といわれるなど高い評価を得ています。特に日本では『ノルウェイの森』が有名です(というか私は『ノルウェイの森』ぐらいしか知らなかったですけど)。

*日本メディアでは海外でも村上春樹作品が好評であるという報道を見かけます。しかし、日本とは違って、世界の空気を肌で感じることはできないので、メディアの報道を鵜呑みにしないことも大切です。各国で翻訳され、ノーベル賞候補にもなったからといって一部の人間しか読んでいない、または少数の人にしか評価を得ていないかもしれないですからね(海外は広いですし、発行部数は高評価の指標として間接的なため)。

↑発行部数が高評価を直接的に示すものでない理由は分かりますよね。購入して読んだからと言って読後感が良いとは限らないし、そもそも読む時間さえないかもしれないからです(要するに、作品の評価は発行部数ではなく、読後の感想でされるべし、です)。

ちょっと話がそれましたが、そんな村上春樹氏のデビュー作は『風の歌を聴け』です。『風の歌を聴け』は群像新人文学賞(1979年)の受賞作で、映画化されたこともある中編小説です(映画監督は大森一樹氏)。『風の歌を聴け』は「僕と鼠もの」シリーズの第一作目で、第二作目が『1973年のピンボール』、第三作目が『羊をめぐる冒険』です。

実は、記念すべきデビュー作『風の歌を聴け』の主人公「僕」が場面緘黙症だったという説があります。2009年7月20日に発行された『清心語文第11号』に掲載された以下の文献が指摘しています。

小網亜紀(2009). 村上春樹の初期三部作と三島由紀夫『金閣寺』ーテーマの共通性と結末の相違性ー ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 11, 56-65.

風の歌を聴け (講談社文庫)小網亜紀(2009)によると、村上春樹『風の歌を聴け』の主人公、「僕」が場面緘黙症(選択性緘黙症)を、三島由紀夫『金閣寺』の主人公溝口が吃音を子どもの頃に抱えていて、どちらもコミュニケーション障害だったというのです。「僕」が場面緘黙症だったことを示唆する記述として小網亜紀(2009)は以下の文章をあげています。

小さい頃、僕はひどく無口な少年だった。両親は心配して、僕を知り合いの精神科医の家に連れていった。(中略)一四歳になった春、信じられないことだが、まるで堰を切ったように僕は突然しゃべり始めた。」(注:横線は下線に変更)

そこで、村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫)を読んでみました。

○『風の歌を聴け』の主人公「僕」は緘黙症だった?

たしかに小網亜紀(2009)が引用した記述がありました。精神科医による治療は1年間続いたようですが、「僕」が喋れるようになるまでは首を振る、肯くなどのジェスチャーが可能だったとのことです。

しかし、「14歳になった春、信じられないことだが、まるで堰を切ったように僕は突然しゃべり始めた」(p.32)の直後に「14年間のブランクを埋め合わせるかのように」という表現があり、まるで生まれてからずっと緘黙していたかのような記述があることが気になります。もっともこの「ブランク」が正確には何を意味するのかよく分かりませんが。

一方、「僕」が緘黙症であったことを否定するような記述は見当たりませんでした。それもそのはず「僕」の過去に関してはほとんど言及がありませんので。ただ、特定の状況だけで喋らなかったという記述が見当たらないことが場面緘黙症説の消極的否定の根拠となりますが、これだって直接的な証拠ではありません。

緘黙症であったことを否定する記述はなかったとはいえ、ICD-10やDSM-IV-TR、DSM-5の診断基準に該当するとは断言できませんでした。しかしその一方で、精神科医との治療セッションで医師からの質問を理解していることが読みとれるなど、少なくとも日常生活面では言語理解や知能に問題がないことを示す内容が記されています。したがって、不安障害(または情緒障害)としての場面緘黙症の可能性があるが、よく分からないというのが本当のところではないかと思います。

○「僕」の緘黙症が成人してからも後遺症のようなものを残している?

小網亜紀(2009)は「僕」について、『緘黙症の症状は幼い頃に一度経験しただけだということになっているが、物語の中に出てくる「僕」と友人との会話などを見てみると、この体験が「僕」のコミュニケーションのあり方に深く関わっているように感じられる』として、「僕」が「小指のない女の子」が深刻な話をしようとしていることを敏感に察し、「その話題を回避しようとして、 全く違う話を持ち出している」場面を引用しています。

*『風の歌を聴け』は「僕」が大学生の頃の話

小網亜紀(2009)は小児期に「僕」が心因性緘黙症だったのなら、「ある程度成長した後にも、他人と深く関わることで自分が傷つくことを回避しようとして、このような態度を取ることは十分に考えられる」としています。

私が気付いた点としては「僕」が頷く場面が多いように見受けられることがあげられます。しかし、これはただ単に表現の単調性を防ぐため等の文学上の理由による可能性があります。ただ、「僕」の親切な行為に対して長電話の女がお礼として何かおごることを提案した場面で「僕はニッコリしようとしたが上手くいかず、ただ黙って肯いた」(p.49)とあり、深読みすればこれが緘黙症の後遺症だと読めなくもありません。

ただし、「僕」が場面緘黙症だったという説は小網亜紀(2009)のもので、果たして本当に村上春樹氏が緘黙症のつもりで書いたのかは分かりません。また、小網亜紀(2009)とは違って私は文学的素養のかけらも持ち合わせていないので、「僕」の中学生の年齢までの場面緘黙症?体験がその後のコミュニケーションに与えた影響について見逃した箇所がある可能性があります。

○引用URL(2014年4月29日現在)

小網亜紀(2009). 村上春樹の初期三部作と三島由紀夫『金閣寺』ーテーマの共通性と結末の相違性ー ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 11, 56-65.
http://www.ndsu.ac.jp/department/book/docs/gobun_11.pdf

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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