場面緘黙児は聞いた物語の産生が単純化している | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

今回は、場面緘黙児は絵本を見ながら聞いた物語を自分で語ると、産生した言語が短くなり、言語構造が単純で、物語る内容も乏しくなるという論文です。これらは聞き役が親のみの結果で、家でもクリニックでもあてはまりました(ただし、効果の内容に差異があり、一部の指標では効果の大きさにも違いがあった)。

本論文で用いられた場面緘黙児の物語能力(≒表出性言語能力?)の評定方法は、少なくとも英語文献において世界で初めて場面緘黙症(選択性緘黙症)の行動療法のRCT(ランダム化比較試験)を報告したBergman et al.(2013)においても使用されており、そういう意味で今回の論文は重要な研究です。

なお、Bergman et al.(2013)について、より詳しく知りたい方は『場面緘黙児の親は子どもの気持ちがどの程度分かるか?』や『場面緘黙の高校生の支援事例-iPadとアプリを活用して-』を参考にしてください。

本研究がなされた背景には3つの問題意識があります。つまり、場面緘黙児の表出性言語能力を評価するのは難しいこと、場面緘黙児の親が報告する緘黙児の言語能力にはバイアスがある可能性があること、たとえ家での会話を録音・録画して専門家が緘黙児の言語能力を評価するにしても、家で発揮する言語スキルだけでは高度な言語能力を評価できないことです。つまり、緘黙児の表出性言語能力を客観的に調べる方法が必要であり、その1つが絵本を見ながら聞いた物語の産生であるというわけです。

McInnes, A., Fung, D., Manassis, K., Fiksenbaum, L., & Tannock, R. (2004). Narrative skills in children with selective mutism: an exploratory study. American Journal of Speech-Language Pathology, 13(4), 304-315.

★概要

○手続き

場面緘黙児7名と社会恐怖症(社会不安障害、社交不安障害)児7名が参加。場面緘黙児の年齢は7~14歳で平均9.7歳、社会恐怖症児の平均年齢は11.1歳(SD=1.9)。両者に性別、年齢の差は検出されず。

結果を先取り:場面緘黙児群と社会恐怖症児群で学校での緘黙症状以外の不安症状、動作性IQ、ワーキングメモリ、発音・統語能力、受容語彙、指示の理解力、物語理解力に有意差はありませんでした。ただし、音韻認識の一部検査に有意傾向あり(場面緘黙児群の方が成績が悪い)。

*評定方法(言語的応答を要しないように工夫)、評定場所:病院のクリニックラボ
1.不安レベル(親、教師が評定者):コナーズ評価スケール改訂版(Conners' Rating Scales-Revised:CRS-R)
2.不安レベル(子どもが評定者):多面的不安尺度児童用(Multidimensional Anxiety Scale for Children:MASC)と児童用不安尺度改訂版(Revised Children's Manifest Anxiety Scale:RCMAS)
3.動作性IQ:ウェクスラー式知能検査児童用Ⅲ(Wechsler Intelligence Scale for Children-Ⅲ:WISC-Ⅲ)
4.視空間ワーキングメモリ(貯蔵と操作):記憶学習包括評価(Wide Range Assessment of Memory and Learning:WRAML)のFinger Windows(指で窓の順番を回答する検査)
5.発音・統語能力(親が評定者):児童コミュニケーションチェックリスト(Children's Communication Checklist:CCC)
6.受容語彙:ピーボディ絵画語彙検査(Peabody Picture Vocabulary Test-Ⅲ:PPVT-Ⅲ)
7.指示の理解:言語の基礎の臨床的評価(Clinical Evaluation of Language Fundamentals-3:CELF-3)の概念と指示(Concepts and Directions)
8.音韻認識:リンダムード聴覚概念化テスト(Lindamood Auditory Conceptualization Test:LACT)
9.物語の理解力(事実と推測):強物語評価手続き(Strong Narrative Assessment Procedure:SNAP)

*物語の理解力(事実と推測)のテストは以下の物語産出課題の終了後に行ったことに注意(クリニックで行った課題の物語の理解力です)。

●物語産出課題(表出性言語能力の評価):強物語評価手続き(SNAP)

文字のない絵本を見せながら子どもにヘッドフォンから録音音声を聞かせ、聞いた物語を自分の言葉で語ってもらいました。物語る時には絵本を見てはいけませんでした。これを家、クリニックの順に行いました(物語は変える)。どちらも子どもが語る内容を直接聞くのは同じ人(親)でした(親は録音音声を聞いていないことに注意)。親に子どもが語った物語や物語の内容に関する質問への子供の回答を録音してもらいました。

○結果(物語産出課題)

●家での評価

全ての項目で有意差を生じませんでした。しかし効果量が0.9以上と大きかったものがあったのでそれを記しておきます。全て場面緘黙児群の方が社会恐怖症児群よりも少なかったので、差の方向は省略します(定義が不明な名称は後続する*を見よ)。

・総語数
・総C-unit数
・従属節数(右枝分かれ・左枝分かれを問わない)
・従属節左枝分かれの割合
・従属節÷C-unit
・子供が語ったinitiating eventsの割合(分母は対応する物語文法要素の可能総数:以下同)
・子供が語ったinternal responsesの割合

*C-unit(communication units)とは本実験での話し言葉の最小単位のことで、1つの主語、1つの述語からなります。従属節を伴ってもかまいません。

*従属節が後半にくるものが右枝分かれ(right-branching)、従属節が前半にくるものが左枝分かれ(left-branching)です。左枝分かれの方が遅く発達することから、統語発達の指標となります。

*initiating events、internal responsesは強物語評価手続き(SNAP)による。initiating eventsとは物語の主人公が障害にぶつかる出来事のことで、internal responsesとはinitiating eventsを受けた主人公の内面の反応(感情、思考等)のことです。これらのことをまとめて物語文法(story grammar)と呼んだりします。物語文法とは、物語の導入部にある設定、発生する出来事などのように物語の展開方法のことです。日本昔ばなしに当てはめて考えたら、分かりやすいと思います。

●クリニックでの評価

総語数と総C-unit数で有意差が検出されました。その他の全ての項目で有意差は検出されませんでした。しかし効果量が0.9以上と大きかったものがあったのでそれを記しておきます。有意差が検出されたものも含めて全て場面緘黙児群の方が社会恐怖症児群よりも少なかったので、差の方向は省略します(定義が不明な名称は後続する*を見よ)。

・従属節数(右枝分かれ・左枝分かれを問わない)
・従属節右枝分かれの割合(Cohen's dで効果量は0.78)
・従属節左枝分かれの割合
・子供が語ったsettingの割合
・子供が語ったinternal responsesの割合

*settingsは強物語評価手続き(SNAP)による。settingsとは物語の状況設定のことで、たとえば「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」のようなもの。

★コメント

以上をまとめると、

サンプルサイズが小さく、検定力(有意差を検出する力)が弱かったため、ほとんどの項目で有意差は出なかったものの、効果量が大きかった指標がある。すなわち、場面緘黙児群は社会恐怖症児群と比較して、絵本を見ながら聞いた物語を自分の言葉で親に語ると、単語数・C-unit数が少なく、複雑な構造の文を言わず、統語発達も未熟で、物語文法にも少ないものがある。これらは家でも効果が大きいものもある。また、総語数や総C-unit数では家で有意差がなく、クリニックで有意差が出現する

ということになります。

えっ!有意差がなくてもいいの?と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも被験者数(n)を増やしていけば、どんな小さな差でも有意となってしまうのが統計的検定です。サンプルが多ければ、測定誤差さえ有意になりかねません。統計的検定ではサンプルが多すぎても、少なすぎてもいけないのです(ただし、遺伝率など正確な値を求めたい場合にはサンプルは多ければ多いほど良い)。

物語の理解力に差があったから、緘黙児の言葉が単純化したのではないかという意見もあるかと思います。しかし、クリニックで行った強物語評価手続き(SNAP)の物語理解力は事実と推測の両面とも有意差はないものの、緘黙群の方が上回っています(社会恐怖症群との比較)。したがって、物語の理解不足という原因は排除されます。

書きませんでしたが、社会恐怖症群と比較して、場面緘黙症群の緘黙症状は学校で有意に重篤になり、パブリック状況では有意ではありませんでした。これは緘黙児の発話がパブリック状況で増加したというのではなくて、社会恐怖症の子どももパブリック場面で無口になったことを反映しているようです。興味深いですね。

*緘黙症状は場面緘黙質問票(Selective Mutism Questionnaire:SMQ)で親が評定。

場面緘黙児は物語の展開で、言及が少ない要素がありました(クリニックで物語文法の状況設定が少ない等)。これが何を意味するのか、不勉強な私には分かりませんが、おそらく専門家の方でも明確な解釈は困難だと推測します(私の勝手な想像)。今後の研究が待たれます。

○後続した心理学研究と似ている

本ブログを継続的にお読みいただいている方ならご存知でしょうが、これと似た心理学の研究が2014年に出ています。例えば、面接等で情動ストレスを高く感じていたり、育児ストレスが強かったりする人はスピーチでの認知的複雑性が低くなります(Saslow et al., 2014)。また、TSSTという社会的ストレス試験で意味のある発言が多くなるものの、ポーズ時間が長くなったり、スピーチの流暢性が失われたりします(Buchanan wt al., 2014)

これらの研究とは指標や実験手続き、被験者は全く違いますが、今回の場面緘黙症に関する研究成果と考え合わせると、非常に示唆的です。たとえば、普通の健常発達児に身体的/社会的ストレス負荷をかけると緘黙児と似た状態になる(ポーズ時間が長くなり、発話の減少が生じる・発話内容に変化が起きる等)かもしれません。

○限界

社会恐怖症の子供との比較で、健康な子どもが含まれていない点が本研究の限界の1つです。これにより社会恐怖症児の結果が「正常値」かどうかの判断ができなくなっています。

また、今回は物語を口頭で語るという形式ですから、他の方法で評価するとどうなのかという問題があります。たとえば、文章で書くという方法が考えられるでしょう。物語を喋る時と書く時の結果の差異の有無によって、今回の結果の解釈も変わってきます。

さて、緘黙児の物語の単純化の原因は何なんでしょうか?研究チームは緘黙児の特徴として表出性言語能力の低さをあげていますが、これは緘黙の結果であるという解釈も可能です。この問題を掘り下げて考察するためには前向き研究(prospective study)等の追跡調査(follow up study)が必要です。

また、絵本を見ないで物語を語らなければならないので、記憶手がかりがない状態の検査といえます。だとすると、強物語評価手続き(SNAP)による表出性言語能力の評価は自由再生による記憶力とも関わってきます。物語の理解力には社会恐怖症児と有意差は検出されなかったものの、これは質問に対する回答で評価した結果ですから、記憶手がかりがある状態の検査です。また、ワーキングメモリの検査は視空間的なもので言語的なものではありませんでした。したがって、今回の結果だけでは場面緘黙児は表出性言語能力が低いのか、それとも単に言語的な記憶力(特に、検索・再生能力)が低いのか断定はできません。

さらに、もし緘黙児が自分の語った内容を録音される、録音内容が第三者に聞かれると知っていて、なおかつそれが嫌なら、家庭でもあまり物語らないように思われます。これは非常に解決の難しい問題ですね。録音していることやその内容を第三者に聞かれることを説明しないのは倫理的な問題をはらみます。

○限界(続)-年長の緘黙児に今回の課題が使えるか?

強物語評価手続き(SNAP)について詳しく知らないので、めったなことは言えないのですが、はたして今回の言語能力の測定方法が年長の緘黙児に使えるかどうかという疑念もあります。その懸念を払拭するような研究が最近発表されたので、ここで紹介しておきます。

ユージーン市に本拠地があるオレゴン大学の研究者は一見するとシンプルに見える寓話を用いた物語課題で会話課題よりも統語の複雑性が増すことを見出しました。被験者の平均年齢は14歳で、彼らは健康な人達でした(以下の論文の要旨より)。

Nippold, M. A., Frantz-Kaspar, M. W., Cramond, P. M., Kirk, C., Hayward-Mayhew, C., & MacKinnon, M. (in press). Conversational and Narrative Speaking in Adolescents: Examining the Use of Complex Syntax. Journal of Speech, Language, & Hearing Research, doi:10.1044/1092-4388(2013/13-0097).

年長の緘黙児の場合はこのようにもう少しレベルが高い課題を使うといいかもしれません。もっとも、本文を読んでいないので、少しレベルが高いというのは私の勘違いかもしれませんが。

○ちょっと、待って!統計的な記述方法、不公平なんじゃないの?

研究チームは社会恐怖症群と場面緘黙群は非言語的な認知機能(動作性IQ・視空間ワーキングメモリ)や受容性言語能力に差がないにもかかわらず、緘黙児は家でもクリニックでも物語が短く、複雑な文法構造も少ない(表出性言語能力自体が低いか、またはその発揮が苦手)としています。

でもちょっと待って下さい。動作性IQ・視空間ワーキングメモリや受容性言語能力は有意差検討としてマン・ホイットニーのU検定というのだけを記述しておいて、緘黙児が語る物語の分析だけ効果量云々を持ちだすのは不公平です。本当に非言語的な認知機能や受容性言語能力でも緘黙群と社会恐怖症群に差がないということを示したいのなら効果量も書いておくべきでした。

ただし、効果量は両群の平均値と標準偏差さえきちんと書いてあれば、算出することが可能です。実際、本論文でもきちんと、非言語的な認知機能や受容性言語能力の平均値、標準偏差が書いてあります。面倒くさいので、計算しませんでしたが、興味のある人はやってみてください。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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