社会不安障害患者は信頼ゲームで非協力的な人にも報酬系が興奮 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

以前述べたように、表情刺激などを用いた情動課題ではダイナミックな社会的認知に関わる神経科学的異常を調べることができません。したがって、社会的相互作用を模した"信頼ゲーム"などの経済ゲーム実験を精神医学の研究で用いることが多くなってきました(この辺りの事情に関してはこちらの記事の後半が詳しいです)。

今回も経済ゲームを実験課題として社会不安障害(社交不安障害,社交不安症)の脳科学的研究を行った論文です。

Sripada, C., Angstadt, M., Liberzon, I., McCabe, K., & Phan, K. L. (2013). Aberrant reward center response to partner reputation during a social exchange game in generalized social phobia. Depression & Anxiety, 30(4), 353-361. DOI:10.1002/da.22091.

★概要

○実験手続き

36人の健常人(女性22人、平均年齢30歳)と全般型の社会不安障害患者36人(女性21人、平均年齢27歳)が参加。

実験課題は信頼ゲーム(trust game)。信頼ゲーム中の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で記録。特に報酬系を形成する線条体の活動に焦点をあてて分析しました。

信頼ゲームの手続き:被験者は第一プレーヤー(投資者・付託者)の役割を果たしました。投資相手(受託者)は第二プレーヤーでした。被験者は受託者に20金銭ユニット(以下、ポイントと称する)を預けるかどうか決定しました。付託しない場合は両者ともに10ポイントずつ獲得できました。しかし、第二プレーヤーに付託した場合は20ポイントが40ポイントになりました。受託者はそれを平等配分(互恵)し両者ともに20ポイントずつ獲得するか、それとも独り占めして被験者には何も返さないかを決定しました。

つまり、相手に投資しない場合は確実に10ポイント入手できますが、投資すると20ポイント獲得するか全くポイントが手に入らないかのどちらかになるというわけです。

第二プレーヤーには平等配分の確率(互恵確率)が75%、50%、25%の3タイプ用意しました。各プレーヤーの互恵確率は事前に被験者には知らせず、実験中に学習させました(繰り返し信頼ゲーム:iterative trust game)。また、コンピューターが相手の条件も用意し、こちらは事前に互恵確率が50%であると教えました。3種類の相手プレーヤーは色で区別でき、コンピュータ条件ではパソコンの画像を表示しました。

被験者が投資するかどうか決定した後、第二プレーヤーの選択がフィードバックされました。たとえ投資しなかった場合でも仮想的な第二プレーヤーの選択をフィードバックしました(投資した場合は実際の第二プレーヤーの選択をフィードバック)。

信頼ゲームで得たポイントは実験後に実際の金銭に変換され、支払れました。

○実験結果(脳活動の解析は相手の選択をフィードバックした後のもの)

相手プレーヤーの互恵確率が高いほど、投資選択が増加しました。この結果は健常者群と社会不安障害群で変わりませんでした(コンピュータ条件と人間相手の50%の互恵確率条件では有意差なし)。fMRIが終わった後、各プレーヤーをどれだけ信用したかリッカート尺度(10件法)で評価してもらったのですが、これも群間で有意差はなく、互恵確率が高い相手プレーヤーほど信頼できると感じていたことが判明しました。

・以下、fMRIの結果を記述しますが、ここでの脳活動とは[被験者の選択が投資で相手の選択が互恵的行動ー被験者の選択が投資で相手の選択が裏切り(独り占め)]のことであります。

・全般的脳活動
健常者群でも社会不安障害群でも両側腹側線条体や下後頭回・内側前頭回・眼窩前頭皮質・小脳が賦活(健常者群では中心前回、社会不安障害群では中前頭回・上前頭回・喫前部も活動)。*腹側線条体の活動で群間に有意差なし。

本論文のポイント:健常者群は互恵確率が25%や50%の相手よりも75%の相手に対して、左右の腹側線条体が活動したのに対し、社会不安障害群では互恵確率が50%の相手よりも25%の相手に対して左腹側線条体が活性化しました。

実際、グラフを見ると健常者群では互恵確率が75%の相手に対して腹側線条体が活動したのに対し、互恵確率が25%や50%だとむしろほとんど活動がなかったことが分かります。一方、社会不安障害群では互恵確率が75%であろうが25%であろうが、腹側線条体が活性化しており、健常者群とはまったく異なったグラフとなっています。

さらに、社会不安障害群で症状が重篤であればあるほど、75%の互恵確率を示す相手に対して右腹側線条体の活動が低下していました(r=ー.47)。

*社会不安障害の重篤度はリーボビッツ社交不安尺度(Liebowitz Social Anxiety Scale:LSAS)で評価。

★コメント

以上をまとめると、

投資選択率や相手に感じた信頼性では群間で有意差が検出できなかった。しかし、互恵確率が高い相手(協力的な相手)に対してだけ両側腹側線条体が活動するのが普通なのに、社会不安障害群は互恵確率が50%の相手よりも25%の相手に対して左線条体が賦活するなど、相手の互恵確率に対する感度が低下している。しかも、社会不安障害が重篤であればあるほど、協力的な相手に対する右腹側線条体の活動が低い

ということになります。本論文によれば、健常者群で協力的な相手に対して腹側線条体が活動し、協力度が低い相手に対しては活動しないという実験結果は先行研究と一致するそうです。このことから研究チームは腹側線条体は協力的な社会的関係の開始・維持に重要な脳部位であると推察しています。社会不安障害は社会的な症状をきたす精神疾病ですから、このような考察のもとで本実験が実施されました。

なお、線条体は運動機能を担い、報酬系としても働きますが、最近の神経経済学的知見によれば公平さにも敏感です。人間が社会的動物だといわれるのはもしかしたら線条体などの報酬系が機能しているからかもしれませんね。ただ、協力的な相手に対する線条体の活動を社会的報酬を示唆するものであると、単純に考えていいかどうかは私には分かりません。それに側頭頭頂接合部(TPJ:Temporo-Parietal Junction)など心の理論系を構成する脳部位との関係も気になるところです。

社会不安障害群で症状が重篤であればあるほど、協力的な相手に対して右腹側線条体の活動が低いというのは興味深いですね。線条体と社会不安障害の症状の相関がでるという論文を初めて読みました。相手の協力に対する脳の報酬系の活動が低いというのは社会不安の症状を維持する上で非常に重要な役割を果たしているのかもしれません(もしかしたら維持だけでなく、発症の原因だったりするのかもしれませんが)。

先行研究(Sripada et al., 2009)では人間 VS. コンピュータの信頼ゲームで社会不安障害患者の内側前頭前野が活動しないということを示唆していましたが、互恵確率や実際の被験者/相手の選択による脳活動の違いは調べていませんでした。本研究はその点を検証したという点で意義深い実験となっています。

○報酬系の活動で社会的交流が促進される

ところで、スタンフォード大学の研究チームは2014年、科学雑誌『Cell』に以下の論文を発表しました。

Gunaydin, L. A., Grosenick, L., Finkelstein, J. C., Kauvar, I. V., Fenno, L. E., Adhikari. A., Lammel, S., Mirzabekov, J. J., Airan, R. D., Zalocusky, K. A., Tye, K. M., Anikeeva, P., Malenka, R. C., & Deisseroth, K. (2014). Natural neural projection dynamics underlying social behavior. Cell, 157(7), 1535–1551. doi: 10.1016/j.cell.2014.05.017.

この論文によれば、fiber photometry(線維測光)という新技術により、腹側被蓋野(VTA;Ventral Tegmental Area)-側坐核(NAc;Nucleus accumbens)がマウスの社会的交流中に活性化することが確認されました。ここでの社会的交流とは見知らぬ他個体に対する行動のようです(論文本体ではなく、ニュース記事より)。

*fiber photometryとは動いているマウスの神経細胞の活動を記録できる神経学的技術のことです。特定の神経投射の活動を記録できることが特長らしいです(この辺りのことはよく分かりません)。fiber photometryは本論文で初めて使用された技術です。

*腹側被蓋野とは報酬系を形成する脳領域の1つのことです。腹側被蓋野は中脳の一部です。インターネット上では腹側被蓋野が恋愛の中枢であるという表現を見かけますが、どのような学術的研究に基づく主張なのか私には分かりません。腹側被蓋野にドーパミン作動性ニューロンがあるので、これが快楽に関与しているとされています。側坐核とは線条体の一部を構成する脳領域のことで、腹側線条体と呼ばれることもあります。特に腹側被蓋野から側坐核へのドーパミン投射が比較的知られていて、やはり報酬系の1つとなっています。

さらにオプトジェネティクスによりVTA-NAc回路が社会的交流を制御しているという因果関係も確認されました。つまり、VTA-NAc神経線維を活動させると社会的交流が促進され、VTA-NAcの活動を抑制すると、社会的交流が減少しました。また、側坐核のドーパミンD1受容体によって媒介されていることがドーパミン受容体を標的としたオプトジェネティクスにより示されました。つまり、側坐核のドーパミンD1受容体をオプトジェネティクスで刺激すると、社会的行動が増加しました。

*オプトジェネティクスとは光遺伝学とも呼ばれる神経科学的技術のことです。光に応答するタンパク質を神経細胞に発現させることで、その活動を自在に切り替えることができます。具体的にいうと、チャネルロドプシンという光感受性イオンチャネルを神経細胞に発現させ、青色の光をあてるとその神経細胞を興奮させることができます。一方、ハロロドプシンというタンパク質を発現させて黄色い光を照射すると、その神経細胞の活動を抑制することができます。

一方、物体に対する探索行動の実験ではVTA-NAc回路が活性化することはありませんでした。ニュース記事によれば、オプトジェネティクスでVTA-NAc回路の活動を変えても物体探索行動には影響がなかったそうです。つまり、VTA-NAc回路は社会的交流に特異的な役割を持っている神経線維であるといえるわけです。

これらの実験は脳の報酬系(腹側被蓋野-側坐核)に社会的交流を促進する働きがあることを示しています。もしこの結果が確かならば、脳の報酬系は社会的生活に重要な役割を果たしているといえます(少なくともマウスでは)。実際、自閉症でも脳の報酬系が異常であるとの論文がありますしね。なお、このスタンフォード大学の研究者の幾人かは扁桃体の内、扁桃体基底外側部-扁桃体中心核(BLA-CeA:BasoLateral Amygdala-Central nucleus of the Amygdala)という神経回路に不安を弱める働きがあることをオプトジェネティクスによって発見した人達と同一人物です。要するに、オプトジェネティクスの専門家集団というわけです。

参考記事⇒扁桃体には不安・恐怖を抑制する機能もある

○限界

コンピュータ条件も含めて、各パートナーの試行数が20試行でした。したがって、20試行よりも試行数を多くしたら、もしかしたら社会不安障害患者も健常者と同じ脳活動になるかもしれません。ゆえに、本実験からは社会不安障害患者の線条体は他者の互恵的選択に応じた反応を示すことができないのか、それとも単に線条体の学習が遅いのかは判断できません。ただし、社会不安障害群でも健常者群と同じ結果が投資選択率や信頼性評価という行動指標ででている点に注意が必要です。

脳活動の分析は相手の選択が明らかになった時に限定して行われたため、予期段階での神経活動については不明のままです。また、関心領域(ROI:Region Of Interest)を線条体に限定して分析していたため、その他の脳部位の活動については不明です。

○今後の研究への示唆

実際の社会的関係と比較して信頼ゲームはシンプルなので、線条体が行動成績(投資割合等)に影響しなかったと論文著者は考察しています。信頼ゲームより複雑な現実世界では線条体の機能がより重要になってくると考えているようです。しかし、これは単なる推測にすぎません。これを裏付けるためには信頼ゲームでの線条体活動とfMRIスキャン外(out-of-scanner)で計測した(疑似)現実場面での行動指標の相関をとる等の研究を実施する必要があります。

近年、社会不安障害のリスクである抑制的気質(行動抑制)と報酬系(線条体)の関係が注目されています(Bar-Haim et al., 2009; Lahat et al., 2012)。ゆえに、抑制的気質の人で信頼ゲームを行ったらどうなるのか気になります(個人的には場面緘黙児・人で信頼ゲームをやってほしいところですが、現時点では絶望的です)。あとは子どもの実験も必要ですね。

本論文には被験者が信頼してポイントを付託したのに、パートナーが裏切って独り占めしても扁桃体や島皮質を興奮させることはなかったと書かれています。これは健常者群でも社会不安障害群でも同様でした。しかし、本実験はパートナーの顔を隠して行われました。静的な顔(特に恐怖表情怒りの顔文字のようなもの)を用いた実験で社会不安障害群の扁桃体が興奮することが先行研究により示されています。また、現実問題として、電話やインターネット等での社会的交流以外は相手の顔が見えるのが普通でしょう。したがって、信頼ゲームでの相手の選択行動と表情の相互作用(交互作用)が線条体や扁桃体の活動に与える影響が気になるところです。

そういえば、お金の入手・お金の損失を予期している時の線条体の活動が社会不安障害患者でおかしくなっているという研究(Guyer et al., 2012)がありましたね。本実験結果と合わせると、非社会的な実験でも、社会的相互作用を模した実験でも線条体活動の異常性が認められるということです。

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ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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