緘黙を知る前は自殺ばかり考えていた | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

私が緘黙症を知ったのは去年の冬が終わる頃でした。それまでは家の外でしゃべらないのはどうせ世界で自分だけだし、生きていても、ろくなことはないだろうと考えていました。つまり、頭の片隅に自殺という言葉がいつもこびりついていました。少なくとも、中学3年以降(高1を除く)はそんな考えが支配的でした。なんて不健全な少年なんでしょう。

家の外でしゃべらないのに、家ではしゃべる→「もしかして、二重人格?」と考えていた時期もありました。家の外で緘黙していた私はそれこそ、劣等感の塊でした。「どうせ、自分なんか生きていても意味なんてないんだ」とか思ってました。
それが、緘黙症の疑いがあると分かってからは、「なんだ自分だけじゃないんだ」と安心できました。視野がぐんと広がったのです。それからは緘黙についての情報収集に明け暮れる日々。どうやら、緘黙症の認知度は低いらしいと分かってからは、「緘黙の当事者として、意地でも生き証人になってやるぞ」とか馬鹿なことを考えたりしています。

なんか、まとまりのない文章になってしまいました。どうもこの種の文章の執筆は苦手です。

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Comment
18
はじめまして。
こんにちは。初めまして。
自分は小5の時に「場面緘黙症」という言葉を知り、かなり安心した覚えがあります。

話せなかった頃は、
人前で話すことなんて絶対無理だと思い込んでいたのですが、
話せるようになってからは、「なぜもっと早くこうなれなかったんだろう」と、かなり悔やみました。

本当に不思議で、周りから見れば理解しがたい精神病だと思います。

ただ、話せなかった過去を持っている以上はその経験を「誇り」に変えることも出来るんじゃないか、と思っています。
乙武さんとかなんかみたいに、辛い経験を乗り越えて成功した人達はなんかかっこいいと思うので。

突然失礼しました。

19
こちらこそ、はじめまして。
こちらこそ、はじめまして。コメントありがとうございます。

海苔巻さんも「場面緘黙症」のことを知って安心したんですね。

私はまだ、緘黙症の後遺症みたいなものを引きずっていて、、「なぜもっと早くこうなれなかったんだろう」という後悔はまだ理解できません。いつか、そんな後悔をする時がくるのかな?

「誇り」ですか?
私はまだ、未熟者なので、難しい話です。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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