社会不安障害は扁桃体活動が抑えられているという実験 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

通常、社会不安障害(社交不安障害、社交不安症)患者は脅威刺激に対して扁桃体が活発に働くとされています。事実、社会不安障害群は、怒りと侮辱の入り混じった表情(Goldin et al., 2009)や恐怖表情(Blair et al., 2008; Labuschagne et al., 2010)、怒った顔文字のような刺激(Evans et al., 2008)に対して扁桃体の興奮が高まります。また、社会不安障害群は「あなたは馬鹿だ」という文を読んでいる時にも扁桃体が賦活します(Blair et al., 2008)

しかし、2014年に社会不安障害患者の、ネガティブ表情との連合を学習した名前刺激に対する扁桃体の活動が健常者の扁桃体活動よりも低いという研究が発表されました。しかも、社会不安症状が強いほど、扁桃体の興奮が低いのです。

Laeger, I., Keuper, K., Heitmann, C., Kugel, H., Dobel, C., Eden, A., Arolt, V., Zwitserlood, P., Dannlowski, U., & Zwanzger, P. (2014). Have we met before? Neural correlates of emotional learning in women with social phobia. Journal of Psychiatry & Neuroscience: JPN, 39(3), E14-E23. DOI: 10.1503/jpn.130091.

★概要

○実験手続き

21人の健常女性(平均年齢29歳)と21人の社会不安障害の女性患者(平均年齢29歳)が参加しました。

被験者はfMRI(機能的磁気共鳴画像)スキャンの前日に顔と名前の組み合わせ(連合)を学習しました。標的顔はいつも同じ表情をしていました。使用した名前は実際には存在しないもので、情動価(emotional valence)も中性であることが確認済みでした。ただし、時々顔と名前の組み合わせが一致しない試行を複数挟んでいましたが、全体として標的顔と名前の一致の方が多くなるように実験を設定しました(統計的学習パラダイム)。

表情は恐怖表情と中性表情(無表情)を用いました。

翌日のfMRIスキャンでは前日に顔(表情)との連合を学んだ名前を読んでいる時の脳活動を計測しました。名前の呈示時間は1,500msでした(顔は呈示せず)。

被験者はfMRIスキャン後に名前の情動価(valence)を9件法のSelf-Assessment Manikin(SAM)で評定しました。その後、多肢選択テストで名前と顔の一致を調べる記憶検査を実施しました。この記憶検査では4つの顔から名前と一致する顔を1つ選択させました。4つの表情の内2つが恐怖表情で、残りの2つが無表情でした。

*Self-Assessment Manikinとは情動の快-不快と覚醒の程度を評価するための尺度のことです。日本語に直訳すると自己評価マネキンとなります。Self-Assessment Manikinは情動が表情に表れているマネキンを用いた尺度です。

○結果

データ解析には顔と名前の連合学習ができたことを統計的に確認できた被験者のデータだけ用いました。なお、記憶テストやfMRIの統計解析では最後の学習フェイズにおける正解率を共変量として統制していました(もっとも、学習曲線や多選択肢テストによる記憶検査の結果に群間の有意差はありませんでしたが)。

両群ともに恐怖表情と名前の連合よりも無表情と名前の連合の方が学習成績が良くなりました。社会不安障害群は無表情と連合した名前よりも恐怖表情と連合した名前の方をネガティブに捉えていましたが、健常群では2つの名前の評価に有意差はありませんでした。

以下、特に断りがないかぎり、脳活動の定義は【恐怖表情と連合した名前ー無表情と連合した名前】です。

fMRIでは社会不安障害群よりも健常者群の方が、左扁桃体の活動が高くなりました。実際、【表情と連合した名前に対する脳活動ー注視点に対する脳活動】を群間で比較したグラフでも、健常統制群では恐怖表情と連合した名前に対する扁桃体活動が高く、無表情と連合した名前ではほとんど活動がないのに、社会不安障害群では恐怖表情と連合した名前に対する扁桃体活動がマイナスで、無表情と連合した名前に対する扁桃体の活動がプラスでした。

社会不安障害群ではSPSでの社会不安症状が軽症な人ほど左右の扁桃体活動が高くなりました(r=-.66~-.69)。ただし、SIASでの社会不安症状では左扁桃体だけでした。つまり、SIASで計測した社会不安症状が弱いほど、左扁桃体の興奮が高いという結果になりました(r=-.68)。

*SPSとは社会恐怖症尺度・社交恐怖症尺度(Social Phobia Scale)のこと。論文の記述によると、SPSは飲食などをしている時に見られることの恐怖を計測。これはSIASとは違います。SIASは他者との交流に対する恐怖を評価する尺度です。SIASとは社会的相互作用不安尺度(Social Interaction Anxiety Scale)のこと。

また、SIASでの社会不安症状が強いほど両側扁桃体-前頭葉の機能的結合が弱くなりました(SPSは有意ではない)。具体的に書くと、左扁桃体と上前頭回・中前頭回・内側前頭回・眼窩前頭葉(ブロードマン10野・11野)の機能的結合、右扁桃体と内側部を含む上前頭回・補足運動野・中帯状回(ブロードマン6野・8野・32野)の機能的結合がSIASでの社会不安症状と負の相関を示しました。

*ブロードマン10野は前頭極、ブロードマン11野は眼窩前頭野、ブロードマン6野は前運動野・補足運動野、ブロードマン8野は前頭眼野、ブロードマン32野は背側前帯状皮質です。

★コメント

まとめると、

・【恐怖表情と連合した名前ー無表情と連合した名前】で社会不安障害群よりも統制群の方が左扁桃体の活動が高かった

・社会不安障害群では社会不安症状が重いほど、両側扁桃体の興奮が低かった(特に左扁桃体)

・SIASでの社会不安症状が強いほど左右の扁桃体-前頭葉の機能的連関が弱かった(ただし、SPSは有意ではない)

となります。以上の結果は社会不安障害群で名前の情動学習ができなかったことを反映するものではありません。それは学習曲線やfMRIスキャン後の多選択肢テストの結果に群間の有意差はなく、社会不安障害群は無表情と連合した名前よりも恐怖表情と連合した名前の方をネガティブに捉えていたからです(統制群は連合された表情の種類に関わらず、名前の情動価の評価に有意差は検出されず)。


えっ!社会不安障害は脅威刺激に対する扁桃体の活動が高いんじゃないの?と驚かれたかもしれません。しかし、先行研究ではあくまでも怒り表情等、直接的な脅威刺激を用いたものであり、本研究のように前日に恐怖表情(または中性表情)との連合を学習・記憶した名前に対する脳活動を調査した研究はこれまでありませんでした。なので、一見すると先行研究と矛盾するように見えますが、実はそうではありません。

論文によれば、本実験で用いた統計的学習課題は潜在学習だそうです。実際、fMRI前日の学習訓練でもフィードバックを与えていませんでした。だとすると、線条体の関与が気になります。事実、社会恐怖症(社会不安障害)群は潜在的系列学習で左尾状核頭の興奮が低いという研究(Sareen et al., 2007)があります。

本研究成果が確かならば、社会不安が高い=脅威刺激に対する扁桃体活動が高いという単純な図式は崩れ去ります。本研究結果を受けて、社会不安が高いと扁桃体が興奮しやすい(あるいは活動が低くなりやすい)のはどのような(実験)状況でなのか明示する重要性が増しました(場面緘黙症の当事者らの説明や場面緘黙症の解説本はここを省略しているか、または抽象的表現にとどまっているケースが比較的多く、本当に残念です)。

*場面緘黙症(選択性緘黙症)とは家庭など一定の環境下では話すことができるが、学校など特定の環境になると話せなくなる症状のことです。米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害(不安症)にカテゴライズされています。

そもそも扁桃体の機能は恐怖条件づけの学習等に限定されるものではありません。扁桃体は喜びや安全シグナル(safety signal)に反応し、報酬依存にも関与しています。そもそも扁桃体には不安・恐怖を抑えるニューロン(神経細胞)があります

*↓扁桃核が音楽を聞いている時の喜びの中枢だと主張するfMRIの論文
Koelsch, S., & Skouras, S. (2013). Functional centrality of amygdala, striatum and hypothalamus in a “small‐world” network underlying joy: An fMRI study with music. Human Brain Mapping, 35(7), 3485–3498. DOI: 10.1002/hbm.22416.

↓ラットの扁桃体基底核に安全シグナルに応答するニューロンが存在(Sangha et al., 2013)し、霊長類(猿)の扁桃体も安全シグナルに反応する(Genud-Gabai et al., 2013)。
Sangha, S., Chadick, J. Z., & Janak, P. H. (2013). Safety encoding in the basal amygdala. Journal of Neuroscience, 33(9), 3744-3751. doi:10.1523/JNEUROSCI.3302-12.2013.
Genud-Gabai, R., Klavir, O., & Paz, R. (2013). Safety signals in the primate amygdala. Journal of Neuroscience, 33(46), 17986-17994. doi:10.1523/JNEUROSCI.1539-13.2013.

↓スクロースの呈示と同時にオプトジェネティクス(光遺伝学)の技術で扁桃体中心核ニューロンを興奮させると、他の同じ報酬価のある報奨刺激を無視し、とことんスクロースを追い求めるようになる(Robinson et al., 2014)。
Robinson, M. J. F., Warlow, S. M., & Berridge, K. C. (2014). Optogenetic Excitation of Central Amygdala Amplifies and Narrows Incentive Motivation to Pursue One Reward Above Another. Journal of Neuroscience, 34(50), 16567-16580. doi:10.1523/JNEUROSCI.2013-14.2014.

また、たとえ不安障害・恐怖症に扁桃体の過敏性があったとしても、それは前頭前野(前頭前皮質)が扁桃体を鎮める機能の低下が問題なのであって、扁桃体そのものに異常はないと考えることも可能です(なお、社会不安障害群で早期の感覚処理が障害されている可能性もありますが、その議論は省略します)。

もちろん一番ありそうなのは扁桃体と前頭前野の相互作用が異常だという仮説です。事実、本研究においてもSIASでの社会不安症状と左扁桃体-前頭極/眼窩前頭葉、右扁桃体-前運動野/補足運動野/前頭眼野/中帯状回の結合に逆相関がありました。また、脳活動だけでなく、脳構造に関しては扁桃体と眼窩前頭前野を結ぶ鉤状束という白質神経線維の右側が社会不安障害群で異常だという研究(Phan et al., 2009)もあります。

*以下の脳虚血性発作患者が研究対象となった文献(Oishi et al., in press)によると、右鉤状束は情動的共感性に重要な白質線維です。
Oishi, K., Faria, A. V., Hsu, J., Tippett, D., Mori, S., & Hillis, A. E. (in press). Critical role of the right uncinate fasciculus in emotional empathy. Annals of neurology, doi:10.1002/ana.24300.

○本実験結果は警戒-回避仮説で説明可能

研究チームは今回の機能的MRIの結果をvigilance-avoidance hypothesis(警戒-回避仮説)との関連から議論しています。vigilance-avoidance hypothesisとは不安が高いと最初の段階で脅威刺激の処理が促進されるが、後期段階では回避的になるという仮説のことです。vigilance-avoidance hypothesisはvigilance-avoidance theory(警戒-回避理論)とも言われます。不安心理学では有名な仮説です。実はシャイネスが高い子供ほど左目を見るという研究(Brunet et al., 2009)もこの仮説で説明可能です。

本論文の考察によれば、先行研究で用いられたような脅威表情はすぐに強い自動的な情動反応を喚起する可能性を秘めているのに対し、本研究で用いた名前刺激はそうではありません。何しろfMRIスキャンの前日に表情との連合を学習したのですから、情動的顕著性の確立は十分でなく、すぐに情動情報にアクセスすることも難しかったと推測されます。したがって、本研究で用いた名前の情動処理には深い処理が必要であり、それが社会不安障害群では上手く出来なかった可能性が考えられます。つまり、警戒-回避仮説でいうところの警戒段階(早期処理)は生じず、後期の回避段階だけが起こったというわけです。なお、社会不安障害群で直接的な脅威刺激に対する扁桃体の興奮が高いのは早期の警戒段階を反映すると考えられます。

一方、健康な統制群では警戒-回避仮説の警戒段階がないのは社会不安障害群と同じです。しかし、健常者群は後期の回避段階も生じません。したがって、恐怖表情と連合した名前を回避せずに、情動情報の処理をして、正常に扁桃体の活動が高まったというわけです。

また、SIASでの社会不安症状と扁桃体-前頭葉の結合に負の相関関係が認められたのも警戒-回避仮説で説明できると論文の考察部分に書かれています。さらに、社会不安症状が強いほど扁桃体-前頭葉の結合が低かったことから、社会不安障害群で扁桃体が抑制されていたのは前頭葉による情動制御が原因ではないと考えられると論文に書かれています。

○限界

21人の患者の内5人が左利きで、21人の健常者の内4人が左利きでした。通常fMRI研究では右利きの人だけを対象として実験を実施するので、これが脳活動に何らかの影響を与えた可能性があります。また、被験者が女性だけだったので、男性で同じ結果がでるかどうかは分かりません(論文によると、女性だけだと脳活動の性差によるばらつきが小さくなるという利点もあります)。さらに、統制群、社会不安障害群ともに、言語知能の平均値が110以上と高かったので、それよりも知能が低い集団でfMRI実験をしたらどうなるかは不明です。

*言語知能は多選択肢語彙知能検査(Mehrfachwahl-Wortschatz-Intelligenztest:MWT)で評価。

社会不安障害と特定恐怖症を合併していた患者が2名、社会不安障害とパニック障害を合併していた患者が1名、研究当時、神経性無食欲症(拒食症)・うつ病が寛解していた社会不安障害患者がそれぞれ1名、6名いました。この影響も気になります。

神経結合(neural connectivity)の分析は精神生理学的交流(psychophysiological interaction:PPI)分析という方法を用いていました。ただし、PPI分析法では神経結合の片方(seed region:seed領域)を左右の扁桃体に限定していたため、それ以外の脳領域間の結合については不明のままです。なお、PPI分析の関心領域設定は扁桃体でのROI(Region of Interest)ではなく、VOI(Volume of interest)となっていました。VOIとは三次元ROIのことです。

本研究をさらに補強するためには、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や心理療法などで恐怖表情と連合した名前に対する扁桃体の活動が高まることを示すと良いでしょう。また、薬物療法や心理療法に効き目があった人ほど「恐怖名前」に対する扁桃体の活動が高まったら、さらに今回の結果の説得力が増します。

参考記事⇒認知行動療法・薬物療法で脳活動が変化する

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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