脳の報酬系:自閉症と社会不安障害の比較研究 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

2012年に発表された研究において、社会不安障害(社交不安障害)や全般性不安障害の中学生で金銭に対する脳の報酬系の異常が指摘された(Guyer et al., 2012)ように、21世紀になってから不安と報酬系の関係に注目が集まっています。ちなみに、社会不安障害のリスク要因である行動抑制で報酬系の異常が指摘されたのは2006年が初めて(Guyer et al., 2006)で、不安障害の報酬研究よりも1歩進んでいました。

*Guyer et al. (2006)とは以下の論文のこと
Guyer, A. E., Nelson, E. E., Perez-Edgar, K., Hardin, M. G., Roberson-Nay, R., Monk, C. S., Bjork, J. M., Henderson, H. A., Pine, D. S., Fox, N. A., & Ernst, M. (2006). Striatal functional alteration in adolescents characterized by early childhood behavioral inhibition. Journal of Neuroscience, 26(24), 6399-6405. doi:10.1523/JNEUROSCI.0666-06.2006.

また、近年自閉症でも脳の報酬系が異常であるという知見が蓄積してきています。実際、脳の報酬系(腹側被蓋野-側坐核)を光遺伝学(オプトジェネティックス)の技術で興奮させると社会的交流が促進される(Gunaydin et al., 2014)ので、報酬系と社会的相互作用には因果関係が存在します(少なくともマウスの動物実験ではという条件つき)。

以上の知見をまとめると、自閉症と社会不安障害はともに報酬系が異常ということなのですが、両者を直接比較した研究はこれまでありませんでした。したがって、今回の論文が自閉症の報酬系と社会不安障害の報酬系を直接比較検討した論文としては初めてのものになります。

Richey, J. A., Rittenberg, A., Hughes, L., Damiano, C. R., Sabatino, A., Miller, S., Hanna, E., Bodfish, J. W., & Dichter, G. S. (2014). Common and distinct neural features of social and non-social reward processing in autism and social anxiety disorder. Social Cognitive & Affective Neuroscience, 9(3), 367-377. doi: 10.1093/scan/nss146.

★概要

○実験手続き

自閉症スペクトラム障害の大人16人(平均年齢26歳,男性14人)、社会不安障害の大人15人(平均年齢27歳,男性9人)、健常発達の大人19人(平均年齢25歳,男性13人)が参加しました。自閉症スペクトラム障害は高機能自閉症でした(アスペルガー症候群の人が2人)。

*自閉症の診断は自閉症診断観察尺度汎用版(Autism Diagnostic Observation Schedule-Generic:ADOS-G)、社会不安障害の診断は不安障害半構成化面接手続きDSM-IV版(Anxiety Disorders Interview Schedule for DSM-IV:ADIS-IV)による。

実験課題は報酬遅延課題(incentive delay task)を用いました。incentive delay taskとは報酬の予期・受け取り時の脳活動を調べる時に使用される課題のことです。報酬は金銭と中性表情(無表情)の2種類を用い、交互に実験しました(試行が交互なのではなく、runsが交互なことに注意)。なお、金銭を獲得するかしないか、顔を見れるか見れないかだけで、金銭(顔)の損失条件はありませんでした。報酬がお金か顔かは各runの前に教示しました。

実験試行の流れ:手がかり刺激の呈示(2,000ms)→注視点(2,000~2,500ms)→標的手がかりの呈示&反応(~500ms)→フィードバック(3,000ms)→試行間間隔→次の試行

手がかり刺激の種類で、素早い反応が金銭(顔)の獲得の有無を左右するかどうかを報せました。つまり、制限時間内に反応しても報酬が得られないことを示す手がかりもあるわけです(報酬なし試行)。フィードバック段階ではお金(顔)の画像かバツ印で獲得の有無を報せました(報酬なし試行でも制限時間以内に反応できたか分かるように実験が組み立てられていました)。注視点の呈示期間が予期段階となっています(先行研究(Guyer et al., 2012)では手がかり刺激の呈示段階を予期段階としており、同じ予期時でも脳活動の分析フェイズが若干異なることに注意)。

各被験者の正解率が66%になるように、難易度を調整しました。したがって、被験者ごとに難易度は異なります。

脳活動はfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で計測しました。

○結果(脳活動の対比は【報酬あり試行-ベースライン】でフィードバック期の脳活動は実際に報酬を獲得できた場合のもの)

反応時間については群間の有意差がなく、全て顔試行よりも金銭試行で反応が早くなっていました。

・予期フェイズでの脳活動(金銭報酬):両側側坐核の活動が高い順に、健常者群・社会不安障害群>自閉症スペクトラム障害群

・予期フェイズでの脳活動(顔報酬):両側側坐核の活動が高い順に、健常者群>社会不安障害群・自閉症スペクトラム障害群。また、社会不安障害群は自閉症スペクトラム障害群よりも両側扁桃体を活性化させました。

・フィードバックフェイズでの脳活動:報酬がお金でも顔でも腹内側前頭前野(特に梁下野)の活動は群間での有意差がありませんでした。しかし、社会不安障害群でだけ、金銭試行よりも顔試行の腹内側前頭前野の活動が低くなりました。また、顔報酬の実験で社会不安障害群は自閉症スペクトラム障害群よりも両側扁桃体を興奮させました。

・社会不安障害群でのみ、不安と脳活動の相関を算出しました。その結果、特性不安が強いほど顔報酬実験の予期フェイズでの左扁桃体の活動が高くなりました(r=.65)。金銭報酬実験では有意な相関が検出されませんでした。

*特性不安は状態不安-特性不安質問紙(State-Trait Anxiety Inventory:STAI)の特性不安尺度で評定。リーボウィッツ社交不安尺度(Liebowitz Social Anxiety Scale:LSAS)と脳活動の相関は有意ではありませんでした。

[その他]
・【報酬あり試行-報酬なし試行】の予期フェイズで統制群が顔よりもお金で左右の側坐核を興奮させた。
・フィードバックフェイズで【成功試行-失敗試行】は統制群で顔よりもお金で内側前頭前野を興奮させた。

★コメント

以上の結果をまとめると

・自閉症スペクトラム障害は予期段階ならば、金銭報酬でも顔報酬でも両側側坐核の活動が低い

・社会不安障害は顔報酬の予期段階で両側側坐核の活動が低く、自閉症と共通している。しかし、金銭報酬の予期では健常者と側坐核の興奮レベルに差はない

・自閉症と比較して社会不安障害では顔報酬実験の予期段階・フィードバック段階での左右の扁桃体活動の高さが特徴(特に社会不安障害群の顔報酬予期段階での左扁桃体の活動は特性不安と正の相関)


となります。また社会不安障害群でだけ、フィードバック段階で金銭試行よりも顔試行の腹内側前頭前野の活動が低くなっていましたが、実は健常発達群でも有意ではないのですが、同じ傾向でした。グラフを見ると社会不安障害群よりも健常発達群の方が脳活動のばらつきが大きいので、それが有意差の検出を妨げていると考えられます。

実は被験者はfMRIスキャンの前に顔の情動価(valence)と覚醒度(arousal)を評価したのですが、群間に有意差はありませんでした。無表情から感じる情動は自閉症スペクトラム障害でも社会不安障害でも健常発達人と変わらないようですが、もしかしたら脳内での処理には違いがあるかもしれません。

○限界

薬を服用している自閉症スペクトラム障害者が9人いました。具体的には非定型抗精神病薬のアリピプラゾール(エビリファイ)の服用者が4人、ADHDの治療薬のアデラル(アンフェタミン)の服用者が1人、SSRIのシタロプラム(セレクサ)の服用者が1人、SSRIのフルオキセチン(プロザック)の服用者が1人、セロトニン・ドーパミン拮抗薬(SDA)のリスペリドン(リスパダール)の服用者が1人、アデラルとプロザックの併用者が1人いました。社会不安障害者でもプロザックを服用している人が1人、セレクサを服用している人が1人いました。これが結果に影響した可能性があります。

性別が若干偏っていました。特に自閉症スペクトラム障害群ではほとんどが男性です。しかも、自閉症スペクトラム障害群と社会不安障害群の性別に有意差が検出されています。これにより、今回の結果が障害の特性を示すのか、それとも単に性差を反映しているのかが分かりづらくなっています。

統制群よりも自閉症群の方が反復的行動尺度修正版(Repetitive Behavior Scale-Revised:RBS-R)得点が高かったのは分かりますが、社会不安障害群も統制群よりもRBS-R得点が高くなっていました。また、自閉症の症状は健常発達群よりも自閉症群で強くでていたのですが、社会不安障害群でも健常者群よりも有意に自閉症症状が重くなっていました。また、自閉症群と社会不安障害群の比較では自閉症の症状に有意差が検出されていない等、自閉症には素人の私からすると疑問点が多々あります。

*自閉症症状は自閉症スペクトラム指数(Autism-Spectrum Quotient:AQ)や対人応答性尺度(Social Responsiveness Scale:SRS)で評定。

扁桃体の活動は自閉症群と社会不安障害群の比較しか書かれていなくて、健常発達群との比較がありませんでした。したがって、社会不安障害と自閉症のどちらが扁桃体の異常を示しているかの基準がありません。もしかしたら、社会不安障害の扁桃体は正常で、自閉症の扁桃体活動が低いだけかもしれないですからね(もちろん両方異常ということもあり得ます)。しかし、社会不安障害者の特性不安が強いほど顔報酬試行の予期フェイズでの左扁桃体の活動が高かったことから、社会不安障害での扁桃体活動の特異性が示唆されます。ただし、相関をとったのは社会不安障害だけなので、根拠としては弱いです。

自閉症と社会不安障害の比較では扁桃体以外にも顔報酬の予期フェイズで脳幹や左右の前頭極、左中側頭回、左視床、フィードバックフェイズで左喫前部の活動でp値が低くなっており、中には扁桃体の有意水準を越えているものもありました。扁桃体だけに注目するのは確証バイアス(Confirmation Bias)以外の何物でもなく、他の脳部位の役割も考察しなければなりません。しかし、本論文ではそれがなされていませんでした。

*確証バイアスとは自分の都合のいい情報だけ集めたり、重要視したりして、それ以外の情報を軽視する認知バイアスのことです。

私が一番疑問に感じたのは中性表情(無表情)を社会的報酬として用いている点です。刺激が何もないよりはいいのかもしれませんが、社会不安障害では本当に顔が報酬として機能しているのか疑いたくなってしまいます。発達障害や不安障害の有無に関係なく、顔試行よりも金銭試行で反応が早くなっていたので、たとえ顔が報酬として機能していたとしても、少なくとも顔とお金が同じ報酬価値として認識されていたかどうかは疑わしいです。

ただし、各グループ内では予測段階の側坐核の活動に顔試行と金銭試行で有意差はなかったという意味では顔もお金と同じように脳内処理されていると考えることも可能です。方法論的には顔の報酬としての価値を高めるために笑顔を用いる実験も考えられますね。実際、高社会不安群は笑顔を回避する傾向が強いものの高評価するという研究(Heuer et al., 2007)があります。

それにお金は実験終了後、もらえると被験者は思っていたはずで、その分顔の報酬としての価値が低下しているような気もします。また、顔という静的刺激だけでなく、チャットルーム課題(Guyer et al., 2014)信頼ゲーム(Sripada et al., 2013)等ダイナミックな社会的相互作用で報酬系の機能を捉えることも重要です。

書きませんでしたが、本実験の金銭報酬は1ドルでした。実際、報酬金額が1ドルだと社会不安障害の中学生は報酬獲得手がかり・報酬損失手がかりに対する線条体(特に尾状核と被殻)の予期段階の活動が健常者群とは異ならない(本研究と一致)が、他の金額だと異なるという研究(Guyer et al., 2012)があるため、その他の金額ではまた別の結果になったことでしょう。乳幼児期の行動抑制と思春期の不安(親の評価)の関係は線条体の1つである尾状核の活動が高いと強まるのですが、これも報酬金額の大きさによってドーパミン受容体D4(DRD4)遺伝子多型の影響を受けるかどうかが決まります(Pérez-Edgar et al., 2014)。したがって、複数の報酬金額を用いた実験が望まれます。

本実験では金銭損失がなく、お金を獲得できるかできないかだけでした。これは行動抑制の先行研究(Bar-Haim et al., 2009)と同じ実験設定ですが、他の先行研究(Guyer et al., 2012)では金銭報酬予期段階において金銭損失でも金銭獲得と同じように線条体活動の異常が社会不安障害群で見いだされています。

○社会不安障害の報酬系の異常が意味するもの

マウスの報酬系をオプトジェネティックスで興奮させると、社会的交流が増加する(Gunaydin et al., 2014)ことから、報酬系と社会的交流の障害には関連がありそうです。実際、社会不安障害群は顔報酬の予期で報酬系である側坐核の活動が低くなっていました。本論文でも社会不安障害を回避モチベーションの高さによるものとするのではなく、接近モチベーションの低さによると考えるコペルニクス的転回(大げさ!)を示唆しています。

社会不安障害の脳は接近モチベーションが低い・社会的刺激の報酬価値を高く評価できないという見方は他の研究と一致します。他の研究とは信頼ゲームで社会不安障害の症状が重ければ重いほど互恵的な相手に対する右腹側線条体の活動が低いことを報告(Sripada et al., 2013)したものです。もっともSripada et al. (2013)は相手からの反応の予期時ではなく、相手の反応をフィードバックした後での報酬系の活動が社会不安障害の症状と負の相関関係になることを指摘したものであり、予期時の異常を報告した本研究とは少し違います。

○NIMHのRDoCに言及されている!

余談ですが、本論文ではアメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)のRDoC(Research Domain Criteria)に言及されていました。実は私が実際の論文中でRDoCのことを目にするのはこれが初めてです。

RDoCとは従来のカテゴリカルな精神疾患・発達障害の分類とは別に、複数の障害の枠を超えたディメンショナルなアプローチをとり、行動的・神経生物学的に精神疾患・発達障害を分類しようとする新たな試みです。個人的にはRDoCで場面緘黙症(選択性緘黙症)がどうなるのか気になりますが、行動的・神経生物学的研究が比較的少ないと思われる現状では、緘黙症がRDoCに参加することは難しいと考えられます。統合失調症や自閉症等の神経発達障害でも緘黙症状がでることがあるのにもったいないですねえ。

参考記事⇒統合失調症で場面緘黙症状のある人は86%

RDoCではRDoCマトリックス(RDoC matrix:Research Domain Criteria Matrix)という2次元マトリックスを用います。RDoCマトリックスの列は研究データをまとめる構成概念/ドメインです。構成概念は5つの主要なドメイン(ネガティブ価系・ポジティブ価系・認知システム・社会的処理システム・覚醒/制御系)に分けられています。マトリックスの行は構成概念を研究するための変数(分析の単位)です。行は7つ(遺伝子、分子、細胞、神経回路、生理学、行動、自己報告)から成りますが、実験パラダイムも追加されています。

なお、現時点ではRDoCは研究フレームワークであり、実際の診断に用いることはありません。しかし、もしかしたら将来的に精神疾患・発達障害の診断・定義が行動科学的、神経生物学的になされる日が来るかもしれません。そうなると、実験科学や遺伝学、生理学、神経科学などの知識がなければ精神疾患・発達障害の定義さえ理解できないことになり、一般人への神経生物学的精神医学の啓発も重要になってくると思われます。

RDoCに関する参考記事⇒精神疾患の診断:DSM、ICDの次は?

RDoCの解説動画(YouTubeにあるNIMHの公式動画)⇒Introduction to RDoC(https://www.youtube.com/watch?v=OyGt8-ddacA&feature=player_embedded)

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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