卒論の試問で号泣 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

卒論の試問では、査読教授の初めの質問に即答できませんでした。何秒か経ってから、やっと答えられる始末でした。2つの欠点を指摘されましたが、それは実験スケジュール上の都合というもので、不可抗力でした。これらの欠点は私も重々承知していましたし、仕方のないものです。卒論に2つの弱点があったものの、厳しいことで有名な教授から「君の卒論は論理的で首尾一貫している」とのお褒めの言葉を戴きました。ありがたいことです。ただ頷くしかありませんでした。長い間の緘黙(社会経験のなさ)でどのように反応すればいいのか分かりませんでした。

ここまでは良いとして、問題は次の教授の言葉です。

「口頭試問という場だから、きちんと自分の思うところを言いなさい」

この発言の真意は、普段はともかくとして、口頭試問という状況では、もっと発言して自分を売り込むようにということにあると思います。

しかし、試問のプレッシャーに圧されていた私は「自分の思うところを言いなさい」という部分だけが脳裏にこだましてしまい…号泣してしまいました。しかも例によって、声を出さずに。

家の外で自分の考えを躊躇いもなく言えたら、こんなに苦労しない。大げさですが、まるでこれまでの緘黙人生を全否定されたように感じてしまいました。

私が声を出さずに泣いている間も、教授からの質問が浴びせかけられました。必死で涙を堪えようと思いましたが、とめどなく溢れ出てきました。そのせいか、上手く質問に答えられず、一言二言しゃべるので精一杯。退出時に言おうと心に決めていた挨拶も言えず、一つお辞儀をしただけで退散してしまいました。

緘黙について気にしていないつもりでも、やはりそれに関係するようなことを言われたら傷つきます。帰りの電車を待っている間に今までで経験したことのないような自殺衝動が湧き出しました。教授に迷惑がかかると思って、抑えましたが。ちなみに、電車内でも始終涙が頬を伝い、結局涙が涸れたのは翌日の早朝でした。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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