川上未映子『乳と卵』に緘黙女児が登場 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

乳と卵(らん) (文春文庫)川上未映子『乳と卵』の語り手である「わたし」の姪、緑子が緘黙児です。『乳と卵』は第138回芥川賞受賞の中編小説です。つまり、緘黙児が登場する作品に芥川賞を受賞した小説があるということになります。

・『乳と卵』のあらすじ…というか物語の設定(以下、ネタバレ注意)
「わたし」の姉(巻子)は母子家庭の母親で1人娘の緑子と生活。1人娘ですから、緑子に兄弟姉妹はいません。巻子は豊胸手術をしたいと思っているスナックホステスで、勤務先は大阪の京橋。巻子は十年前に離婚しており、思春期の緑子は父親を知らない。ちなみに「わたし」の名は夏子。夏子は未婚。

○緑子の緘黙症状について

豊胸手術を希望する巻子の娘、緑子の緘黙は母親と母親の妹である夏子に対してです。学校の友達や先生に対しても緘黙が発動するかどうかはよく分かりませんでした。もっともこれは私に読解力がないから読みとれなかっただけで、どこかに学校での緘黙が仄めかされている可能性もあります。緑子の緘黙は半年ほど前から始まったようです。

緑子は緘黙ですが、「ペン書き(筆談)」ができます。小ノートを用いて自ら積極的に筆談を試みています。しかも、筆談は緘黙児(緑子)の要望を伝えるという用い方に限らず、別に伝えなくても困らないことでもノートに書いてコミュニケーションを図っています。

通常、筆談は緘黙児からというよりも相手の質問から始まる方が多いような気がします(私の勝手な考え)。したがって、緘黙である緑子自身から積極的にノートを使って話しかけるというのは普通の緘黙とは違うような…。場面緘黙症(選択性緘黙症)の女の子、志保が登場する盛田隆二『二人静』(光文社)でも志保ちゃんから積極的に携帯メールで会話を始めるという場面は少なく、周吾さんからの働きかけが多かったような記憶があります。ですが、これは私の記憶違いかもしれません。
 
緑子の表情は最初こそ人見知りしているのか、無表情(p.24)です。しかし、後に様々な表情を見せてくれます。たとえば、「緑子の顔の色と硬さがぎゅんと変化してそれからものすごい目で真正面から巻子を睨んだ」(p.69)、「ためらい顔をして困ったような振る舞いをしつつも少し嬉しそうな目」(p.87)といった表現があります。文脈は省略しますが「怪訝な顔」(p.68)や「重大な告白をするような面持ち」(p.91)、「心細い顔」(p.91)、「はっとしたような顔」(p.94)といった表情も見せています。

*ページ数は川上未映子『乳と卵』(文藝春秋)のもの。文庫版(文春文庫)とは異なる可能性があります。

もっとも表情については「わたし」視点の観察でしかないので、緑子が本当にそんな表情をしていたかどうかは分かりません。単なる「わたし」の勘違いである可能性も否定できないわけです。ただし、ノートを介した筆談では「小ノートに<気持ちわるい>と書き、それをテーブルのうえに開いて見せて、ペンでその<気持ちわるい>の下に何度も何度も線を引いた。力を入れすぎて最後はペンの先で紙が破れた」(p.70)という表現があり、これは表情よりも客観的な指標になります。

緑子はジャスチャーも可能で、指さしや頷きができています。

緘黙の原因については緑子の日記にお金をめぐる母親との口論で「なんであたしを生んだん」と口走ってしまったことが一因であると示唆されています。これはちょっと新しい発見ですね。というのも、私(本ブログの管理人)は小学4年生で引っ越しし、転校先で「蚊の鳴くような声」と言われたのが直接的な緘黙の引き金となった(と感じている)のと対照的だからです。つまり、相手から何か言われたことがトラウマのような形になって緘黙症状がでるだけでなく、自分の発言が原因で緘黙になることもあるかもしれないということです。また、たとえ親相手に緘黙していてもそれは親の行動(虐待など)が原因ではなく、緘黙者の行動(発話など)または出来事に対する認知の仕方に原因がある可能性も考えられるわけです(当然、震災など外的要素が緘黙の原因となることもあり得ます)。

緑子に兄弟姉妹がいなかったので、緘黙をめぐるお話はどうしても親(+周囲の人)との関係に目が行きがちです。緘黙児・者に兄弟姉妹がいるという設定で小説を書けば、親等との関係だけでなく、緘黙をめぐる兄弟のやりとりを描写することが可能です。私の知る限り緘黙児・者と兄弟姉妹との関係を描いた小説は皆無に近く、今後その種の作品が出版されるか気になります。実際、私には兄弟がいますが、小学生時代に兄・姉から「学校で喋りなよ」と言われ、何とも気まずい思いをしたことがあります。また、中学生時代には下校途中、姉の友達から話しかけられ、答えられなかった経験もしました。この時には姉に対して申し訳なく思ったものです。

『乳と卵』の物語も終局に近づくと、緑子が涙を流しながら嗚咽。そして…。本の題名が『乳と卵』だけに最後には卵の白身や黄身でぐちゃぐちゃです(笑)

ところで、村上春樹『風の歌を聴け』に場面緘黙症らしき既往歴をもつ主人公「僕」が登場します。しかし、『風の歌を聴け』には緘黙という文字が一切出てきません。『乳と卵』でも『風の歌を聴け』と同じく緘黙という言葉が一切登場しませんので、ご注意ください。

川上未映子さんの『乳と卵』は芥川賞受賞作品ですが、場面緘黙児が登場する小説で賞を受賞したものには盛田隆二『二人静』(光文社)(第1回Twitter文学賞)があります。

『乳と卵』はデビュー作『わたくし率 イン 歯ー、または世界』の第2作目にあたります。『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は芥川賞候補になった小説です。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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