表情筋が扁桃体活動に影響するー無表情な緘黙人は扁桃体の興奮が低いか? | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

どうやら表情筋は脳活動に影響しそうだという論文が2014年にBioMed Central(BMC)社から公刊されました。これは扁桃体・無表情と場面緘黙症(選択性緘黙症)の関係が噂される緘黙界にとって読むべき論文の1つです。 というのも、この研究が確からしいのならば、無表情な場面緘黙者の扁桃体活動が低いという仮説が生じるからです。

Kim, M. J., Neta, M., Davis, F. C., Ruberry, E. J., Dinescu, D., Stotland, M. A., & Whalen, P. J. (2014). Botulinum toxin-induced facial muscle paralysis affects amygdala responses to the perception of emotional expressions: preliminary findings from an ABA design. Biology of Mood & Anxiety Disorders, 4:11, doi:10.1186/2045-5380-4-11.

★概要

○実験手続き

最終的にデータ解析に用いられた女性被験者は7人(平均年齢は40歳:範囲は35~44歳)。

表情筋の麻痺はA型ボツリヌス毒素製剤(Botulinum Toxin Type A)で誘発しました。A型ボツリヌス毒素製剤とはボツリヌス菌が産生する神経毒(ボツリヌストキシン・ボツリヌス毒素)から抽出した成分からなる医療用医薬品のことです。A型ボツリヌス毒素製剤はボトックス(onabotulinumtoxinA・vistabel)とも呼ばれます。ボトックスはアセチルコリンの放出を抑制し、筋弛緩作用を発揮します。ボトックスの筋弛緩作用により表情筋が働きにくくなるというわけです。

実は被験者の女性はダートマス・ヒッチコック医学センターの形成外科で行う美容に参加していたのですが、その一環でボトックス注射を受けました。ボトックス注射にはしわ取り効果がありますからね。ボトックス注射は左右の皺眉筋(corrugator supercilii)に2回ずつ、鼻根筋(procerus muscle)に1回、施注しました。

*皺眉筋とは眉毛の上側にある顔面筋のことで、鼻根筋とは鼻の付け根にある顔面筋のことです。皺眉筋と鼻根筋は怒り顔やしかめっ面をする時に働く筋肉です。美容では皺眉筋と鼻根筋は眉間のしわの原因となりますから、そこにボトックスを施注します。

fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)実験の流れ(ABAデサイン):ボトックス注射の前にfMRI実験→2~5週間後にボトックス注射→約1週間後にfMRI実験→ボトックス注射から平均して54週間後(範囲は37~63週間)に3回目のfMRI実験

*ボトックス注射の効果が消えるのに9か月かかるとされています。

fMRI実験の課題では呈示された表情の情動価がポジティブだったのかネガティブだったのか強制的に回答させました。反応はボタンボックス(button box)によるボタン押し。

表情は怒り、幸福、驚愕を使用。表情刺激は標準化されたNimStim顔刺激セットから選択。表情刺激の呈示時間は17ms、50ms、1,000msの3種類。

○結果

ボトックス注射の有無やボトックス注射から経過した時間にかかわらず、幸福表情よりも怒り表情でネガティブ価が強く感じられました。ただし、17msの表情呈示では成績がチャンスレベルと変わらない(先行研究より)ため、50msと1,000msのデータしか用いませんでした。

脳活動の解析はボタン反応の正誤に関係なく実施。驚きの表情に対する脳活動の結果は報告せず。

【怒り表情 vs. 幸福表情】の脳活動でボトックス注射前に右扁桃体の興奮が高くなりました。しかし、ボトックス注射から1週間たった時点では【怒り表情 vs. 幸福表情】で右扁桃体の活動が高くなることはありませんでした。さらに、ボトックス注射の効果が消失したと考えられる54週間後では再び【怒り表情 vs. 幸福表情】で右扁桃体が賦活しました。

【怒り表情 vs. ベースライン】の脳活動では【怒り表情 vs. 幸福表情】の脳活動と同じ傾向が生じました。すなわち、ボトックス注射前に右扁桃体の活動が高く、注射から1週間後に活動が最小になり、54週間後には再び右扁桃体の活動が高まりました。一方、【幸福表情 vs. ベースライン】の脳活動ではボトックス注射前と注射効果が消えた後に右扁桃体の活動が低く、注射から1週間たった後に一番興奮が高くなりました。

★コメント(かっこよくいうと所見・所感)

本研究は表情筋が扁桃体の興奮レベルに影響を与えることを示唆するものです。なにしろ、2つの表情筋(皺眉筋と鼻根筋)にボトックス注射をする前とした後で右扁桃体活動が異なり、ボトックスの効果が消失した後ではまた元の脳活動の状態に戻ったのですから。扁桃体は表情筋からの求心性情報に基づいて情動刺激(表情)の処理をしていることが考えられます。

本実験結果は顔面フィードバック仮説・表情フィードバック仮説(facial feedback hypothesis)を支持する神経科学的エビデンスです。顔面フィードバック仮説とは表情筋からのフィードバックが情動経験や情動情報の処理に重要だという仮説のことです。長くなるので具体的な記述を控えますが、実際に顔面フィードバック仮説を支持する心理学の実験があります。中にはボトックスでうつ病の治療が可能だという二重盲検法のRCT研究(Finzi & Rosenthal, 2014; Wollmer et al., 2012)もあります。

↓ボトックスのRCT論文(うつ病)
・Finzi, E., & Rosenthal, N. E. (2014). Treatment of depression with onabotulinumtoxinA: a randomized, double-blind, placebo controlled trial. Journal of Psychiatric Research, 52, 1-6. doi:10.1016/j.jpsychires.2013.11.006.
・Wollmer, M. A., de Boer, C., Kalak, N., Beck, J., Götz, T., Schmidt, T., Hodzic, M., Bayer, U., Kollmann, T., Kollewe, K., Sönmez, D., Duntsch, K., Haug, M. D., Schedlowski, M., Hatzinger, M., Dressler, D., Brand, S., Holsboer-Trachsler, E., & Kruger, T. H. (2012). Facing depression with botulinum toxin: a randomized controlled trial. Journal of Psychiatric Research, 46(5), 574-581. doi:10.1016/j.jpsychires.2012.01.027.

顔面フィードバック仮説では表情筋から脳への求心性フィードバックが情動処理や情動経験に影響すると仮定されています。簡単に言えば、情動が表情をつくると思いがちですが、表情が情動をつくるということを主張するのが顔面フィードバック仮説になります(もちろんこの仮説は情動→表情を全否定しているわけではありません)。

○限界

被験者が女性だけだったので、男性でも同じ結果が再現できるかどうかは不明です。また、研究協力者でデータ解析が有効になったのが7人だけというのはサンプルサイズが少ないです。

中性表情を用いていないことも本研究の限界です。また、表情の呈示時間が3種類(17ms、50ms、1,000ms)だったのにもかからわず、これらを一緒くたに分析していました。表情をサブリミナル呈示するかスプラリミナル呈示するかで結果が異なる可能性もありますから、今後の検討課題です。

本研究はABA実験デザインを用いていました。これだとプラセボ効果(プラシーボ効果)の可能性を排除できません。しかし、仮に本研究成果が被験者の期待に基づく結果だとしたら、研究参加者は表情筋(皺眉筋・鼻根筋)の麻痺が扁桃体の活動レベルに影響すると予期していたことになりますが、それはそれで可能性が低いような感じがします。だとしても、勘の良い人なら実験者の狙い(仮説)が分かるかもしれず、それが被験者の期待に影響した可能性がありますから、プラセボ効果が出現する余地はあります。偽薬を用いた統制群の設定でプラセボ効果だけでなく、時間的影響の効果も制御できますから、やはりコントロール群が必要です。

先行研究では性別の弁別を行わせ、表情の違いに対する注意を減らす実験も行われています。たとえば、【恐怖表情ー注視点】の脳活動で社交不安障害(社会不安障害)の「脳科学的診断」が可能だとする論文(Frick et al., 2014)も性別の弁別を行わせていました。一方、本研究では性別弁別は行わず、表情の情動価を判断させていました。したがって、性別弁別を行っても同じ結果が再現されるかどうかが気になります。

○無表情な?場面緘黙者の扁桃体の活動は低い?

本実験が確かならば、場面緘黙者の怒り表情に対する扁桃体活動は低いという仮説が生じます。というのも、皺眉筋と鼻根筋が収縮しなくなる/収縮しにくくなると怒り表情に対する右扁桃体の興奮が減少(幸福表情に対する右扁桃体の活動は亢進)することを示唆したのが本実験ですから。場面緘黙者が無表情ならば怒り表情に対する扁桃体の活動が低いと考えざるをえません。

と、この仮説を検証する前に、場面緘黙者や場面緘黙児は無表情であることが多いかどうかということを検証しなければなりません。これを検証する方法の1つとしてautomatic mimicry(自動模倣)/automatic facial mimicry(自動的表情模倣)に関連する心理学の実験パラダイムが考えられます。ここでいう自動模倣とは見ている表情と似た表情筋の活動が観察者にも生じるという意味です。情動模倣(emotional mimicry)という表現もあります。私のもう1つのブログ『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』でも「笑顔の模倣は本物の笑顔と偽の笑顔の弁別を助ける」と題する記事で自動的表情模倣に関する心理学の実験を書きました。

リンク先の実験では偽の笑顔を見た場合よりも本当の笑顔を見た場合に大頬骨筋(zygomaticus major muscle)が活動(表情模倣)し、マウスガードの装着で笑顔の種類(本物 or 偽物)による大頬骨筋の反応の違いが消失しました。大頬骨筋とは口角を動かす筋肉のことで、笑顔になった時に活動します。また、マウスガードの装着で笑顔が本物か偽物か弁別するのが苦手になりました。

もう1つ別の表情模倣研究をあげておきましょう。Tottenham et al. (2013)の実験では子供は驚きの表情をネガティブに評価し、反応が早まりましたが、皺眉筋も驚愕表情に対して活動を高めました。しかし、青年になるころには驚愕表情のポジティブ評価が多くなり、反応が遅くなり、皺眉筋の活動も弱まりました。驚愕表情はポジティブにもネガティブにも解釈できる曖昧な表情なのですが、この実験結果はその解釈が発達段階で異なるということを示唆します。対して無表情は児童でも青年でもネガティブに評価され、皺眉筋活動も高くなりました。これは男児では恐怖表情よりも無表情で扁桃体が興奮するという先行研究(Thomas et al., 2001)を想起させます。

↓Tottenham et al. (2013)
Tottenham, N., Phuong, J., Flannery, J., Gabard-Durnam, L., & Goff, B. (2013). A negativity bias for ambiguous facial-expression valence during childhood: Converging evidence from behavior and facial corrugator muscle responses. Emotion, 13(1), 92-103. doi:10.1037/a0029431.

Tottenham et al. (2013)は子供でもネガティブ評価を受けた驚愕表情に対して皺眉筋が活動することを示しました。したがって、子供でも表情模倣が起こる可能性があります。だとすると、場面緘黙症の子供でも表情模倣の検査で無表情かどうか調べることが可能です。なお、表情が意識的に知覚できない呈示のされ方をしても表情模倣が生じます(Dimberg et al., 2000)から、表情模倣には無意識的な過程があるとされます。

↓Dimberg et al. (2000)
Dimberg, U., Thunberg, M., & Elmehed, K. (2000). Unconscious facial reactions to emotional facial expressions. Psychological Science, 11(1), 86-89. doi:10.1111/1467-9280.00221.

実は本研究の下敷きとなったのは他者の表情を見ている時の表情筋の活動がまさにその他者の表情と似ているという自動模倣の先行研究でした。だって表情写真を見ている時に表情筋が活動しなければ、ボツリヌス毒素で表情筋を麻痺させたら【怒り表情 vs. 幸福表情】に対する脳活動(BOLD信号)が変化することもないでしょう?もちろん、厳密にはボトックス注射の前に実際に表情筋が働いていることや注射から1週間経過した後に表情筋が働いていないこと、さらには54週間後に表情筋の機能が回復していることを表情写真を観察している時の筋電図(EMG)で確認しないといけませんが。

*場面緘黙児は表情豊かと主張する人もいます。しかし、状況によって表情が豊富になる場合と無表情になる場合が変わってきそうです。安心してリラックスできる環境では場面緘黙児(・者)の表情が豊かになり、緊張して話せない環境では表情がなくなる可能性があります。また、自分を表に出さない/出せない場面緘黙児(・者)では無表情になる傾向が強いのかもしれません。したがって、一概に場面緘黙児は表情が豊かかどうか議論し合っても埒があきません。状況や人によって変わってくると考えた方が良さそうです。

ただし、場面緘黙症と併発しやすい社交不安障害では怒った顔文字のような刺激に対して扁桃体の活動が高いという先行研究(Evans et al., 2008)があります。社交不安障害の合併症を持つ場面緘黙者で扁桃体の興奮がどうなるのか予想もつきません。また、場面緘黙者の扁桃体活動が低いという仮説はあくまでも他者の怒り表情(vs. 幸福表情)を見ている時のもので、喋ることを要求された場合には逆に扁桃体活動が高まるかもしれません。

なお、社交不安が高い=脅威刺激に対する扁桃体活動が高いではないことは以前の記事「社会不安障害は扁桃体活動が抑えられているという実験」が詳しいです。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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