信頼ゲームで扁桃体損傷者は相手に親切 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

扁桃体は顔の信頼性評価に関与します。たとえば、2014年には米国神経科学雑誌『The Journal of Neuroscience』にヒトの扁桃体は「目に見えない」顔刺激でも顔から感じ取れる信頼性に応じて扁桃体活動が異なるという論文が掲載されました(Freeman et al., 2014)。これは逆向マスキング(backward masking)という実験パラダイムで顔をサブリミナル刺激にした研究です。逆行マスキングとは刺激を短時間呈示した後、それを覆うようなマスキング刺激を呈示することにより、先行刺激の認識ができなくなる現象のことです。

↓Freeman et al. (2014)
Freeman, J. B., Stolier, R. M., Ingbretsen, Z. A., & Hehman, E. A. (2014). Amygdala responsivity to high-level social information from unseen faces. Journal of Neuroscience, 34(32), 10573-10581. doi:10.1523/JNEUROSCI.5063-13.2014.

ところが、扁桃体は実際の信頼行動にも関係するのでしょうか?今回はこの問題を扁桃体損傷人で検証した論文です。

Koscik, T. R., & Tranel, D. (2011). The human amygdala is necessary for developing and expressing normal interpersonal trust. Neuropsychologia, 49(4), 602-611. doi:10.1016/j.neuropsychologia.2010.09.023.

★概要

○実験手続き

被験者は健常者59人と片側扁桃体損傷患者32人と扁桃体・腹内側前頭前皮質・島皮質以外を損傷している患者(以下、脳損傷統制群)48人。教育水準はマッチング。脳損傷統制群は他の2群より高齢。2つの脳損傷グループで一般知能・言語性IQ・動作性IQ・うつ症状・不安症状、レイ聴覚言語学習検査(Rey Auditory Verbal Learning Test:RAVLT)やウィスコンシンカードソーティングテスト、顔弁別検査、言語流暢性検査であるControlled Oral Word Association Test(COWA)の成績に有意差なし。ただし、対義語の想起能力のテストであるボストンネーミング検査(Boston Naming Test:BNT)の成績は扁桃体損傷群の方が脳損傷統制群より低かったです(でも通常範囲)。

脳損傷は大人になってから生じたもの。急性の脳損傷患者は除外(すべて慢性的脳損傷)。扁桃体損傷は薬剤抵抗性てんかんの内側側頭葉切除術によるものが大半で、あとは単純ヘルペス脳炎等。脳損傷統制群は脳卒中や脳溢血、動脈瘤、脳腫瘍摘出手術などによる損傷。脳損傷統制群で扁桃体だけでなく、島皮質や腹内側前頭前皮質の損傷者も除外したのはこれらの領域が情動処理や社会的処理に関与しているため。

実験課題は信頼ゲーム(トラストゲーム)。投資者は20ドルを渡され、相手(受託者)にどれだけ投資するか決定。受託者に渡された金額は3倍になる。受託者は3倍に膨れ上がったお金の内、どれだけ相手に返すか(互恵性を発揮するか)を決定。これを何回も繰り返しましたが、そのたびに被験者には他プレーヤーの行動(意思決定)などをフィードバックしました。ここでいう相手とはコンピュータプログラムのことですが、被験者には知らせませんでした。コンピュータの戦術はしっぺい返し方略(tit-for-tat strategy)でした。

被験者は最初に受託者の役割を20ラウンド、次に投資家の役割を20ラウンド実施。どちらのゲームでも相手プレーヤーは同一人物だと教示。

○結果

信頼ゲームの後に5段階のリッカート尺度で相手プレーヤーに対する印象を回答しました。その結果、健常者群は脳損傷統制群よりも相手プレーヤーをコンピュータのように感じていました。

互酬性を4種類の観点から分析。
1.しっぺい返し:相手の行動(投資/返還金額の変更)をまねる
2.親切:相手から送られてきた金額が減少した or 変化がなかったにもかかわらず被験者が相手に送る金額が増加
3.アンビバレント:相手から来た金額が変化したのに、被験者が相手に与える金額に変更なし
4.悪意:相手から来た金額が増加した or 変化がなかったにもかかわらず相手に与える金額が減少

4種類の互報性の生起率の組み合わせで最も多い方略を決定。ただし、方略が一貫しない場合は「散発的互酬性」としました。

・従属変数が「投資者互酬性=受託者の互報行動(返還額)の変化に応じて投資者が変更した投資額」の場合

全般的に扁桃体損傷群は親切方略や散発的方略が多くなりました。一方、脳損傷統制群はアンビバレント方略や散発的方略が多くなりました。また、健常者群はしっぺい返し方略が多くなりました。

ただ、55歳未満だと群によって投資者互酬性が有意に異なることはありませんでした。視覚的にみると(=対応分析という質的分析法を用いると)扁桃体損傷群で親切方略が他の2群よりも相対的に多くなりましたが、脳損傷統制群は特にこれといった方略が多くなることはありませんでした(強いて言えばしっぺい返し方略が多くなりました)。健常者群はアンビバレント方略やしっぺい返し方略が多くなりました。

55歳以上だと群による投資者互酬性の差が有意でした。健常者群でしっぺい返し方略が多くなり、脳損傷統制群で散発的方略やアンビバレント方略が多くなりました。扁桃体損傷群は特にこれといった特徴もありませんでしたが、強いて言えば悪意方略や親切方略が多くなりました。ただ、55歳未満と55歳以上で方略の差が有意だったのは扁桃体損傷群だけでした。

・従属変数が「受託者互酬性=投資者の投資金額の変更に応じて変化した受託者の互報行動(返還額)」の場合

扁桃体損傷群は親切方略が、脳損傷統制群はアンビバレント方略が、健常者群はしっぺい返し方略や散発的方略が多くなりました。ただし、これらは相対的な比較であることに注意が必要です。というのも、扁桃体損傷群内でもしっぺい返し方略をした人が40%少しいて、これは脳損傷統制群の3割強とそんなに変わらないからです(ちなみに、扁桃体損傷群で親切方略をした人は他の2群と比較して最も多く、3割5分強)。

受託者互酬性に関しては55歳未満でも55歳以上でも群の効果はありませんでした。視覚的にみると扁桃体損傷群は親切方略との関係が強く、年齢による違いはありませんでした。脳損傷統制群では55歳未満でアンビバレント方略が相対的に多くなり、55歳以上では特にこれといった特徴がありませんでした(ただし、年齢による差は有意でない)。健常者群はどの年齢層でもしっぺい返し方略や散発的方略が多くなりました。

性別や側方性(脳損傷が左半球か右半球か)の影響はありませんでした。

★コメント

以上を年齢の違いを考慮せずに簡潔にまとめると、扁桃体損傷者は相手からもらった金額が減少しても、変化がなくても、他者に金額を預けすぎ/与えすぎ(≒信頼のし過ぎ?)、扁桃体・島皮質・腹内側前頭前皮質以外を損傷している脳損傷統制群はアンビバレント方略が多く(相手から裏切りや信頼を受けても何の応答もしないことが多い)、健常者はしっぺい返し方略が多い(裏切りには裏切りを、信頼には信頼で報いることが多い)

ということになります。これはたとえ片側半球だけでも扁桃体が損傷していると他者から裏切られても相手を信じ続ける可能性を示唆します。そのため、社会生活に困難があるかもしれません。端的にいえば、詐欺にあいやすいということになるかもしれませんが、これを主張するには本研究だけでは不十分で疫学的な実証研究が必要となってきます。

冒頭で述べたように扁桃体は顔の信頼性評価に関係します。また、後に述べる扁桃体損傷患者の研究を見れば分かりますが、扁桃体は他者の表情理解にも関わっています。しかし、本研究は扁桃体が顔の評価だけでなく、実際の社会的意思決定や社会的行動に関わることを示唆する成果であり、その意味で非常に重要な知見です。

本論文はあくまでも信頼ゲームの相手がしっぺい返し方略を用いている場合のことで、他の方略を使用した場合どうなるかまでは分かりません。また、被験者はすべて最初に受託者の役割、次に投資者の役割をしていました。順番が逆の場合でも同じ結果が得られるかどうかは不明です。

脳損傷統制群は健常者群とは異なった方略を用いていました。なので、脳損傷統制群はいったいどの脳部位が壊れているのかが気になります(論文中には言及なし)。

本実験をかなり批判的に考えれば、初めから裏切られても他者を信頼し続ける人が扁桃体の損傷を起こしやすいのであって、扁桃体の損傷そのものは信頼ゲームに何の影響もないと解釈することも可能です。これは脳損傷患者の実験全般に当てはまることですが、この可能性を否定するためには、同じ被験者で脳卒中や外傷性脳損傷の前後のデータを比較する必要があります。ですが、そう都合よく実験できるかどうかというのが現実的な問題です。ただ、内側側頭葉ロボトミーの手術では割と簡単なはずです。

信頼ホルモンといえばオキシトシンですが、オキシトシン鼻腔内投与(シントシノン点鼻薬)で全般性社交不安障害(全般性社交不安症・全般性社会不安障害)の恐怖表情に対する扁桃体の活動を低下させたという研究報告(Labuschagne et al., 2010)があります。扁桃体損傷患者は親切方略が多いという本実験結果にも留意すれば、社交不安障害者にオキシトシン点鼻薬を投与したら信頼ゲームにどのような影響が生じるのか気になります。

関連研究1⇒社会不安障害患者は信頼ゲームで非協力的な人にも報酬系が興奮

関連研究2⇒社会不安障害患者は信頼ゲームで内側前頭前野の活動が低い

扁桃体には下位領域があり、それぞれ異なる機能を持っているとされます。たとえば、一般に扁桃体損傷患者は恐怖表情の認識力が低い(Adolphs et al., 2005)とされます。しかし、損傷部位が扁桃体の基底外側部だと逆に恐怖表情の認識が得意になります(Terburg et al., 2012)。したがって、信頼ゲームでも扁桃体の損傷部位によって影響が異なるかどうか気になるところです。

また、扁桃体の下位領域同士や下位領域と他の脳部位との間には神経回路が形成されており、それもまたそれぞれ異なる機能を持っているとされます。たとえば、光遺伝学(オプトジェネティクス)の実験で扁桃体基底外側部-扁桃体中心核は不安を低下させること(Tye et al., 2011)が示されているだけでなく、前頭前皮質に軸索を伸ばしている扁桃体基底外側部ニューロンでもその投射領域によって恐怖記憶の獲得を促進するものと恐怖の消去学習を促進するものとがあります(Senn et al., 2014)。信頼ゲームでも機能的結合や解剖学的結合(白質線維)に関する研究が必要です。

本研究は信頼ゲームでの実験結果ですが、もしも現実の社会生活でも同じような現象が生じるのだとしたら、扁桃体損傷者は裏切られても信頼し続けるかもしれないですね。特に連続振り込み詐欺なんかに弱そうです。もっとも、本実験は行動が信頼を示しているという意味であり、心の中で信頼しているかどうかまでは分かりませんが。ただ、扁桃体損傷患者のSMさんは異常に他者に接近していても不快に感じない(パーソナルスペースが狭い)という実験結果(Kennedy et al., 2009)はもしかしたら相手を信頼しているからなのかもしれません。

いずれにしろ、扁桃体の機能が正常な対人的信頼性の形成や表出に重要だということを示唆したのが本研究になります。ちなみに女性は左扁桃体が、男性は右扁桃体が社会的意思決定や情動に重要なのに、本実験では性別や脳の側方性の影響がなかったのは予想外の結果だったみたいです。

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ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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