透明人間の錯覚で人前に立ってもストレスを感じにくくなる | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

今回は透明人間になっていると錯覚したら人前にでても社会的ストレスや心拍数がそんなに高くならないという研究です。

Guterstam, A., Abdulkarim, Z., & Ehrsson, H. H. (2015). Illusory ownership of an invisible body reduces autonomic and subjective social anxiety responses. Scientific Reports, 5:9831. doi: 10.1038/srep09831.

★概要

○実験1~実験4

実験は全部で4つでした。錯覚の誘発手続きの概要は以下の通りです(これだけでは本当に錯覚が起きるのかどうか信じられないかもしれませんが…)。
自分の身体を下向きに見つめる立位姿勢で実施。ヘッドマウントディスプレイ(HMD,Head Mounted Display:別名は頭部装着ディスプレイ)を頭部に装着。対面には何もないが上の方にカメラが下向きに設置されていました。このカメラの動画には当然のことながら何も映っていないのですが、その空白の映像をHMDを通してリアルタイムで被験者に見せました。3D映像でした。実験者は絵筆で被験者の身体をなぞり、同時に対応する空白の箇所をなぞりました。こうすると、被験者はHMDを通して何もない空間が絵筆でなぞられているのを見ることができるわけです。なお、被験者にはHMDの映像しか見えないようにしたので、自分の本当の身体が見えていません。
さらに細かい錯覚実験の手続きは以下の通りです(読み飛ばしてもらっても理解に支障はない…はずです)。
なぞる身体部位は腹部、左右の前腕部、左右の下脚部。なぞる時間はそれぞれ1秒ずつ。絵筆を離してから次のなぞりまでの間隔は1.5秒。マネキンをテンプレートとしてそれぞれの身体部位に対応する領域を対面のカラッポの空間に設定し、おなじように刺激。
○実験1a+実験1b

実験1aおよび実験1bの目的は空白空間の所有感錯覚がおきるかどうか検証すること。実験1aでは主観的な報告(質問紙)で、実験1bでは客観的な指標(皮膚コンダクタンス反応)で検証しました。

*皮膚コンダクタンス反応(Skin Conductance Response,SCR)とはストレスや興奮などによる発汗に伴う電気伝導度(コンダクタンス)の変化を計測した値のことです。旧称は皮膚電気反射/皮膚電流反射(Galvanic Skin Reflex,GSR)。皮膚コンダクタンス反応は皮膚電気活動(Electro-Dermal Activity,EDA)の一種。皮膚コンダクタンス反応はガルバニック皮膚反応(Galvanic Skin Response,GSR)とも呼ばれます。

*実際の論文には実験1の段階から見えない身体の錯覚(透明人間錯覚,invisible body illusion)という表記がされていますが、実験1・2の段階では本当に透明人間の錯覚かどうかまだまだ確証がもてない結果だったので、本ブログではわざと「空白空間の所有感錯覚」というまどろっこしい表現を採用しています。なおこの確証の有無は私の勝手な印象なので、人によっては実験1や実験2の結果だけで、透明人間錯覚であると断定するかもしれません。

実験1aの被験者数は15人(女性6人,平均年齢27歳)で、実験1bの被験者は22人(女性19人,平均年齢22歳)。

実験条件は以下の3つ。

・同期条件:視覚刺激と触覚刺激を時間的、空間的に同期・一致させる(絵筆で被験者の身体をなぞるのとからっぽの空間をなぞるのが同時で、なおかつなぞる身体部位も対応させる)
・非同期条件:視覚と触覚を時間的に同期させない(身体部位のマッチングは維持)
・不一致条件:視覚と触覚を空間的に一致させない(被験者の身体部位と対応する箇所以外の部位をからっぽの空間でなでる、時間的には同期させる)

実験1bの皮膚コンダクタンス反応の計測はカラッポの空間にナイフを突き付けて行いました(これは実験2bでも同様)。ここでの皮膚コンダクタンス反応とはナイフが視野に入ってから5秒以内のコンダクタンスのピークと定義。

実験の結果、空白の(身体)空間の所有感錯覚は非同期条件や不一致条件よりも同期条件で強まりました。これは質問調査で確認されました(なお、被暗示性や課題追従傾向を測る統制質問では実験条件間の有意差が検出されませんでした)。また、ナイフでの皮膚コンダクタンス反応の高まりでも非同期条件や不一致条件よりも同期条件で大きかったことから、客観的な身体反応でも空白空間の所有感錯覚が誘発されたことが分かりました。

○実験2a+実験2b

実験2aと実験2bの目的は身体交換錯覚(body swap illusion:BSI)との比較をすることでした。身体交換錯覚とはマネキンの身体があたかも自分の身体であるかのように感じる錯覚のことです。身体交換錯覚は以前の心理学実験ですでに報告されていた錯覚です。実験2aでは質問紙評定、実験2bでは脅威誘発皮膚コンダクタンス反応で検証。

実験2aの参加者は18人(女性13人,平均年齢25歳)、実験2bの参加者は21人(女性7人,平均年齢27歳)。

実験条件は視覚-触覚の時間的同期がある場合とない場合及び身体所有感の錯覚が空白空間かマネキンかどうか。

身体交換錯覚では空白空間の所有感錯覚でからっぽの空間であった場所にマネキンを設置。マネキンの身体所有感錯覚実験での皮膚コンダクタンス反応の計測はマネキンにナイフを突きつけて行いました。

実験の結果、空白空間の所有感錯覚はマネキンの身体所有感錯覚と同じくらいの強さであることが示唆されました(質問調査)。有意傾向であるものの、【同期条件ー非同期条件】の質問評定では空白空間の所有感錯覚とマネキンの身体所有感錯覚の間の相関が正でした(r=0.38)。また、【同期条件ー非同期条件】の皮膚コンダクタンス反応ではr=0.42の正の相関関係を示しました。

ナイフに対する皮膚コンダクタンス反応では空白空間錯覚とマネキン錯覚の両方で非同期条件よりも同期条件の方が大きくなりました。ただし、マネキンの身体所有感錯覚での皮膚コンダクタンス反応の方が、空白空間の所有感錯覚での皮膚コンダクタンス反応よりも強くなりました(もっとも錯覚の種類×時間的同期の交互作用が有意でなかったので、このような統計解析は推奨されるべきものではありませんが…)。

○実験3

実験3の目的は錯覚の身体イメージへの影響を探ること。身体イメージの検査では知覚マッチング課題を用いました。知覚マッチング課題では被験者の感じた身体の主観的透明感覚を評価しました。

実験3の協力者は20人(女性10人,平均年齢28歳)。

実験条件は視覚-触覚の時間的同期がある場合とない場合及び身体所有感の錯覚が空白空間かマネキンかどうか。

身体イメージ課題では透明度の異なる身体を7つ見せ(7件法)、錯覚実験中にどの身体経験をしたか回答させました。被暗示性(suggestibility)や課題追従傾向(task compliance)を測る統制課題では透明でない身体の向きが左斜めや逆さまになっている画像を見せ、どの身体経験をしたか回答。

実験の結果、空白空間の所有感錯覚で非同期条件よりも同期条件の方が、身体の透明感覚が強くなりました。逆にマネキンの身体所有感錯覚では同期条件よりも非同期条件で透明感覚が強まりました。ただ、それでも空白空間の所有感錯覚(同期条件)の方が非同期条件のマネキン錯覚よりも身体の透明感覚が高くなりました(図表を見た私の勝手な印象)。一方、統制課題では有意な効果が検出されませんでした。

実験3で空白空間の所有感錯覚が透明人間の錯覚であることが示唆されたので、以下透明人間錯覚と呼ぶことにする。

○実験4

実験4の目的は透明人間の錯覚が社会不安(社交不安)に与える影響を調べること。透明人間の錯覚で社会不安が低下するとの仮説は以下の推論による。
身体が透明な実体表象を獲得→外界にいる観察者にとっても見えないという認識が成立するのでは?→他者から注目をあびることによる(脳の)社会不安反応が低下するであろう
被験者数は29人(女性10人,平均年齢28歳)。ただし、6人は心拍数の計測でアーチファクト(ノイズ)があったため、データ解析から除外。

社会不安(以下社会的ストレスとする)の指標は人前に立った時の心拍数と主観的ストレスレベル。といっても実際に人前に立つのではなく、事前に撮影した3Dビデオを見せているだけですが、被験者にそのことを気づかれないように実験を工夫しました。もしこれがスピーチ(演説)実験なら聴衆に相当する人達は懐疑的で厳しい表情をしてる人物11人でした。この社会的ストレス課題は13秒間。

人前に立ったのは透明人間の錯覚を誘発する操作を1分行った後。実験条件は視覚-触覚の時間的同期がある場合とない場合及び身体所有感の錯覚が透明身体かマネキンかどうか。主観的ストレスレベルは視覚アナログ尺度(Visual Analogue Scale,VAS)で評定。心拍数の計測は心電図(ECG)による。

実験の結果、同期条件のマネキン錯覚よりも同期条件の透明人間錯覚の方がストレス感覚や心拍数が低くなりました(非同期条件では有意差がなく、心拍数では時間的同期の有無×錯覚の種類の交互作用が検出されず)。社会的ストレスの前の心拍数では有意差が検出されませんでした。

★コメント

以上をまとめると

・空白空間の所有感の錯覚が生み出せる。具体的には絵筆で被験者の身体をなぞりながら、彼(彼女)の視界にあるからっぽの空間で対応する身体領域をなぞると空白空間を所有しているという錯覚が生じる。ただし、視覚-触覚刺激の時間的同期、身体空間的一致が必要(実験1a・実験1b)。

・空白空間の所有感錯覚はマネキンの身体所有感錯覚(身体交換錯覚)の強さと同程度(自己報告)。空白空間の所有感錯覚の強さとマネキンの身体所有感錯覚の強さに正の相関関係が示唆される。ただし、身体交換錯覚の方が、空白空間の所有感錯覚よりもナイフによる皮膚コンダクタンス反応が強い…かもしれない(実験2a・実験2b)。

・実験1a~実験2bで示された空白空間の所有感錯覚は透明人間錯覚(透明身体錯覚)である(実験3)。

・マネキン錯覚と比較して、透明人間の錯覚で人前に立ってもストレスや心拍数が増加しにくくなる(実験4)。


ということになります。ただし、実験4の心拍数のデータでは時間的同期の有無×錯覚のタイプの交互作用が有意でなかったのに、単純主効果の検定結果を記述しており、統計的に少し問題があります。なお、研究チームによると、透明人間錯覚は身体認知ができないのとは違います。つまり、透明人間錯覚は透明であるにせよ身体の所有感があるわけです。これは身体失認(asomatognosia)の症状とは異なります。身体失認とは自分の身体がないかのように感じる症状のことです。

研究チームはスウェーデンの首都、ストックホルムのカロリンスカ研究所所属でした。カロリンスカ研究所のヘンリック・エーション(Henrik Ehrsson)教授はこういう研究好きですね。他にも錯覚で「体外離脱」に成功したという実験もあります。詳しくは知りませんが、体外離脱と幽体離脱の違いは幽体離脱は霊的現象で体外離脱は必ずしも霊的現象ではないことらしいです。なので、(神経)心理学の実験では「幽体離脱に成功した!」とはいわず、あくまでも「体外離脱に成功した!」という表現になります。

心理学で一番有名な身体錯覚といえばラバーハンド錯覚(ラバーハンドイリュージョン)でしょうかね。ラバーハンド錯覚とはついたてなどで隠された本物の手に触覚刺激を与えながら、ゴムなどで出来た偽の手(ラバーハンド)にも触覚刺激を同じタイミングで与えると、ゴムの手が自分の手のように感じる錯覚現象のことです。偽の手(義手)は目に見える状態での実験です。オリジナルの論文はNatureに発表された以下の文献です。プリンストン大学の研究者の執筆になります。

Botvinick, M., & Cohen, J. (1998). Rubber hands 'feel' touch that eyes see. Nature, 391(6669), 756-756. doi:10.1038/35784.

↓ラバーハンド錯覚の動画です。


別のブログ「心理学、脳科学の最新研究ニュース」で"ラバーハンド"と検索してもラバーハンド錯覚に関する研究情報が入手できます。「心理学、脳科学の最新研究ニュース」は私のツイートのまとめで、Twitterのつぶやきをブログ形式で保存できるTwilogと一部機能がかぶっています。ですが、Twilogはツイート検索機能が不安定で、正確な検索結果をかえしてくれないことがしばしばあります。なので、私は「心理学、脳科学の最新研究ニュース」の検索機能の方を重宝しています。なお、私のTwilogアカウントURLは「http://twilog.org/uranus_2」になります。

「心理学、脳科学の最新研究ニュース」で"ラバーハンド"と検索すると…
↑自閉症スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)でもラバーハンド錯覚の実験があることが分かります。

実はラバーハンド錯覚にはinvisible hand illusion(見えない手の錯覚)という離れ業実験があります。invisible hand illusionとは目に見えない手を所有しているかのように錯覚することです。invisible hand illusionは視野に入っていない本物の手へのタッチと目の前にある手の形をしたカラッポの空間へのタッチを同時に行うことで生じます。本論文によればラバーハンド錯覚と見えない手の錯覚は両方とも脳の多感覚領域を興奮させるとのことです。とにかく、今回の実験により、透明性の錯覚が引き起こされるのは手だけではなく、全身に及ぶことが示唆されたわけです。

↓透明な手の錯覚、すなわちinvisible hand illusionを報告した論文。ブログの主題とした文献と同じカロリンスカ研究所の研究チームによる論文です。やはりヘンリック・エーション教授がラストオーサー(最終著者)になっています。
Guterstam, A., Gentile, G., & Ehrsson, H. H. (2013). The invisible hand illusion: multisensory integration leads to the embodiment of a discrete volume of empty space. Journal of Cognitive Neuroscience, 25(7), 1078-1099. doi:10.1162/jocn_a_00393.

ヘンリック・エーション教授らによれば、透明の手の錯覚は運動前野-頭頂間皮質-小脳皮質が神経基盤の候補らしいです。今後透明人間錯覚でもfMRIなどで運動前野や頭頂間皮質、小脳皮質の関与が発見されるかどうか注目に値します。特に運動前野と頭頂間皮質のニューロンには目には見えないけれども身体の近くにある視覚刺激(物体恒常性)をエンコード(符号化)している細胞があるそうで、興味深いです。ちなみにマネキン錯覚は腹側運動前皮質や頭頂間溝、被殻の関与が示唆されているそうです。

他にはenfacement illusion(enfacement錯覚)というものもあります。enfacement illusionとは自分の顔をなでられるのと同時に、モニター画面に映っている他者の顔がなでられるのを見ると、他人の顔を所有している感覚が生じ、自己意識が変化するという錯覚のことです。憧れの有名人になりたければ、enfacement illusionを活用すると顔の自己知覚を憧れの人に近づけることが可能なのです。私が調べた限りでは、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校のマノス・ツァキリス(Manos Tsakiris)教授による単著論文が先駆的な文献になります。

↓マノス・ツァキリス教授の論文です。
Tsakiris, M. (2008). Looking for myself: current multisensory input alters self-face recognition. PLoS ONE, 3(12): e4040. doi:10.1371/journal.pone.0004040.

↓enfacement illusionの動画です。


なお、その他の身体錯覚実験は別のブログ「心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究」にもありますので参考にしてください。たとえば、「ハンマーで手を叩きながら大理石を殴打している音を聞くと、手の感覚が「大理石」になる」、「スリムな体型は身体満足度を高めることを身体所有感の錯覚の実験で実証」といった研究が記述されています。

○論文の考察

基本的な心理学の実験の紹介ばかりで論文の感想・考察がまだでした。コメントしていきましょう。

ナイフを突き刺す実験なんてなんと野蛮な!という感想を持たれる方もおられるかもしれません。しかし、ナイフなどの凶器で生理的反応を見る実験は身体自己帰属の客観的指標として重宝されており、そんなに珍しい実験方法ではありません。

実験4で透明人間錯覚が社会的ストレスを緩和することが示唆されました。本論文では社会不安(反応)と書かれていますが、正確な記述を心がけるならば社会不安というよりも社会的ストレスと書いた方が良いかもしれないと思い、本記事では社会不安と書くのを控えています。

今回の方法による透明人間錯覚は社会不安障害(社交不安障害,社交不安症)の治療にそのまま適用することは厳しいでしょう。透明人間になるために毎回絵筆でなでなでしなければなりませんし、錯覚の持続時間も何分持つものか判然としません。ひょっとしたら絵筆によるなでなで終了後から秒単位の時間しか錯覚が持続しないかもしれません。しかし、近年の科学技術の進歩は目覚ましく、物体を透明にさせる透明マントのようなものが実際に開発されていたりします。メタマテリアルで光の屈折率を調整することで人間の目に見えないようにするわけです。もしかしたら、将来透明マントを用いた社会不安障害の臨床試験が始まるかもしれません。

*メタマテリアルとは自然界には存在しない(と考えられる)人工物質のことです。人工的な構造をメタマテリアルに導入して、自然界にはない(と考えられている)負の屈折率を実現すると、あら不思議、光が「逆戻り」。光を自由自在に操るメタマテリアルで透明マントが作製できる可能性があるのです。

ちなみに、論文では社会不安障害の治療で段階的暴露療法によって透明度を徐々に下げていく方法について議論されています。しかし、狙い通りの透明度をどのように誘発するかといった方法論が書かれていない、もしくはまだ確立されていないのが難点です。

透明人間の錯覚で社会的ストレスを感じにくくなったことから、本研究は身体知覚と社会的ストレスの知覚が密接に関係していることを示唆します。研究チームは特に運動前野-頭頂間領域での身体の多感覚表象と島皮質・扁桃体が相互作用している可能性を指摘しています。さらに、身体化された認知・身体性認知(Embodied cognition)にまで論を拡大しています。身体化された認知とは心は身体と密接につながっているという考え方のことです。身体化された認知の研究では特に身体が心に与える影響を調べる実験が多いです。なお、扁桃体と島皮質は恐怖システムの一部です。扁桃体と島皮質は社会不安障害かどうかをfMRIで鑑別する上で重要な領域です(Frick et al., 2014)

透明人間の錯覚以外にも、大人が身体の大きさを子供並みに感じる錯覚を誘発させることも可能であり、それによって物体を大きく感じるようになります(Banakou et al., 2013)。その場合に感情(特に不安・恐怖)や社会認知に影響を及ぼすのか?もし影響があるとしたらどのような影響を与えるのかといったことに興味があります。たとえば、夜に子供が夜驚症の症状を示すことがあります。夜驚症とは睡眠障害の一種で、その症状は恐怖の叫び声をあげながら突然目を覚ますなどというものです。インターネットで検索してみると、恐怖感をともなう体験が夜驚症の原因ではないか?などという話も見かけます。単なる仮説で実証されていませんが、大人が子供の身体所有感錯覚を夜に体験したら、お昼の時よりも恐怖が高まるかもしれないと思います。

参考記事⇒夜に恐怖が強まるのは暗いからではない

子供身体所有感の錯覚でもしかしたら脳活動も子供に類似してくるかもしれません。実際、扁桃体機能に関していえば、成人男性の扁桃体の左半球は無表情よりも恐怖表情に対して興奮を示し、平均年齢が11歳の男児では恐怖表情よりも無表情で扁桃体が賦活したという実験(Thomas et al., 2001)9~17歳で年齢が上がるにつれて女の子は恐怖表情への左扁桃体活動が低下し、男の子では有意な相関関係が検出されなかったという研究(Killgore et al., 2001)があります。また、Killgore et al. (2001)によると、左背外側前頭前野で男の子の年齢が上がるにつれて活動が低下していました。つまり、脳の使い方は発達段階で異なるわけで、大人が子供の身体錯覚を感じると脳活動も子供になるのだろうかという興味が湧いてくるわけです。

本論文には透明人間錯覚の副作用に関する議論がされていませんでした。これは本研究が透明人間錯覚の初めての報告である点をふまえると仕方のないことです。しかし、透明人間になると悪だくみをする輩が増加する可能性もあります。したがって、透明人間錯覚が道徳的判断や道徳的態度に与える影響を調べることも重要な研究テーマとなってきます。

○その他

それにしてもこの論文、本文に査読者とのやり取りが書かれていて、なかなかリアルです。具体的には実験4のバーチャル空間で存在感覚の計測ができていないという査読コメントを受けたということが書かれています。こんな生々しい心理学の論文初めて読みました。「アバターで他人の顔を設定すると、スピーチで生理的覚醒を感じにくい」というバーチャルリアリティ研究でも存在感覚の調査がされていましたし、バーチャル実験には存在感覚の定量化が重要なのでしょう。

もう1つ、論文の書き方でユニークだと感じた点は序論の出だしです。ここにはなんと古代ギリシアの哲学者、プラトンの『国家』に登場するギュゲースの指輪(ギュゲスの指輪)のお話が引用されています。その年代はなんと紀元前380年頃!実験心理学の論文でこんなに古い文献を引用している論文は初めて見ました。書き方も独特でSFの父、ハーバート・ジョージ・ウェルズ著の『透明人間(The Invisible Man,1897年)』を引用し、次に透明人間ならぬ透明猫や透明魚はすでに物理学者が成功しているなど最新の研究事情を紹介し、透明になることは身体の自己知覚にどのような影響を与えるか?と論点をあげ、科学的議論を開始しています。文学的な幻想から一転して現実感を与えるというこの技法は作文としては見事なものです。

そういえば場面緘黙症(選択性緘黙症)の経験者で存在感がないとか、幽霊と言われたとか、そういう話が一部ネット上にあります。私も同級生と廊下を歩いている時に「あ、○○君いたんだ、気づかなかった」と言われたことがあります。もしかしたら、場面緘黙症の人は自ら「透明人間」を装うことで対人的不安や対人的ストレスを低減させているのかもしれません。

○引用文献(アブストラクトだけ読みました)
Banakou, D., Groten, R., & Slater, M. (2013). Illusory ownership of a virtual child body causes overestimation of object sizes and implicit attitude changes. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(31), 12846-12851. doi: 10.1073/pnas.1306779110.

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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