ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症でも不安障害率が33% | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

ウルバッハ・ヴィーデ(ウルバッハ・ビーテ)類脂質蛋白症とは常染色体の劣性遺伝子によって受け継がれる遺伝性疾患のことです。別名は遺伝性ヒアリン皮膚粘膜蓄積症。ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症の原因はECM1(extracellular matrix protein 1)という細胞外マトリックスタンパク質1遺伝子の変異だと言われていますが、他に病因があるかどうかは私には分かりません。ちなみにECM1遺伝子は1q21.2染色体上にあります。なお、本来ならば遺伝子はイタリック表記ですが、ここではあえてECM1遺伝子などと書いています。

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症の症状には個人差があります。ですが、皮膚の病気なので、皮膚や粘膜、器官・臓器にヒアリンが沈着していくのが主な症状です。皮膚や粘膜が厚くなるのですが、それが声帯におこると声がかすれたり、しわがれ声になったりします。声のかすれは生後すぐに生じるケースが多いです。皮膚に怪我が起こると回復が悪いです。ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症患者の寿命は正常範囲内です。

英語表記はUrbach–Wiethe disease(ウルバッハ・ヴィーデ病)またはlipoid proteinosis(類脂質性蛋白症)です。遺伝性ヒアリン皮膚粘膜蓄積症だとhyalinosis cutis et mucosaeになります。

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症の神経学的症状は内側側頭葉の石灰化です。側頭葉内側部には扁桃体があります。なので、扁桃体が石灰化している患者さんは扁桃体の機能解明のための実験に協力することがあります。さて、そんなウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症患者の精神疾患率や認知機能を調べた研究があり、それが今回の論文の主題となります。

Thornton, H. B., Nel, D., Thornton, D., van Honk, J., Baker, G. A., & Stein, D. J. (2008). The neuropsychiatry and neuropsychology of lipoid proteinosis. Journal of Neuropsychiatry & Clinical Neurosciences, 20(1), 86-92. doi: 10.1176/appi.neuropsych.20.1.86.

★概要

○方法

詳細なデータ分析に使われたのはウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症患者27人と健康統制群47人。どちらも全員南アフリカの北ケープ州居住者。患者群、統制群の平均年齢はどちらも37歳。統制群と母国語や社会経済的地位、年齢、教育年数、ジェンダーをマッチング。なぜ南アフリカなのかというとこの病気は希少な疾患で研究参加者を大量確保するのが難しいことから、事例報告が多い南アフリカで人集めをする必要があったから(と私は推測しています)。

患者27人の内男性が12人(44.4%)、女性が15人(55.6%)。平均年齢は36.9歳で、27%にてんかん?発作歴あり。統制群は男性が20人(42.6%)、女性が27人(57.4%)で平均年齢が36.5歳。

●使用尺度一覧
・ミニ国際神経精神医学面接(Mini-International Neuropsychiatric Interview:MINI+)
・陽性・陰性症状評価尺度(Positive and Negative Syndrome Scale:PANSS)
・モンゴメリ・アスベルグうつ病評価尺度(Montgomery Åsberg Depression Rating Scale:MADRS)

●神経心理学的検査一覧
・ウェクスラー短縮知能検査(Wechsler Abbreviated Scale of Intelligence:WASI)
・ベントン顔認知検査短縮版(Benton Facial Recognition Test-Short Form:BFRT-SF)
・エクマン表情認知検査(Ekman Facial Emotional Recognition Test:EFERT)
・統制口頭単語連想検査(Controlled Oral Word Association Test:COWAT)
・レイ聴覚言語学習検査(Rey Auditory Verbal Learning Test:RAVLT)
・ウェクスラー記憶尺度改訂版(Wechsler Memory Scale-Revised:WMS-R)
・レイ複雑図形検査(Rey Complex Figure Test:RCFT)
・時計描画検査(Draw a Clock Test:DCT)
・フーパー視覚構成検査(Hooper Visual Organization Test:HVOT)
・トレイルメイキングテスト(Trail Making Test:TMT)
・ラフ図形流暢性検査(Ruff Figural Fluency Test:RFFT)

*エクマン表情認知検査とは刺激顔の表情と一致する顔を7つの選択肢(中性・幸福・悲しみ・恐怖・怒り・驚愕・嫌悪)から選ぶ課題のこと。統制口頭単語連想検査とは言語流暢性検査のこと。レイ複雑図形検査とは視空間記憶などの能力をテストするための検査のこと。フーパー視覚構成検査とはパズルのように分解されたピースを組み立てたら何になるか答えるテストのこと。トレイルメイキングテストとは数字やアルファベット/ひらがなを線で結んでいく課題のことで、1から25までの数字を順に線で結ぶパートAと数字とアルファベット/ひらがなを「1→A→2→B→3」のように交互に結んでいくパートBから構成されます(本研究では両方使用)。ラフ図形流暢性検査とはいろんな配置の5つの点を線で結んでできるだけ多くの図形を作る課題のことです。

○結果

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症群で不安障害(不安症)があったのは33%(9人)でした。以下同様に気分障害が33%、精神病状態が22%、統合失調症が15%で、これらすべての精神疾患は統制群よりもウルバッハ・ヴィーデ病群で有病率が高くなりました。また、患者群はうつ状態(MADRS)や陰性症状(PANSS)が重篤でした。中には首つり自殺を企図した人もいました。患者群の方がパートナーと結婚/同棲生活している人が少なく、子供がいる人も少なくなりました。一方、アルコール乱用の有病率は両群ともに26%でした。

以下の検査で統制群よりも患者群の方が成績が低くなりました。
言語性IQ(Verbal Intelligence Quotient:VIQ)、全検査IQ(Full Scale Intelligence Quotient:FSIQ)、エクマン表情認知検査(EFERT)、記憶検査、フーパー視覚構成検査(HVOT)、ラフ図形流暢性検査(RFFT)、ウェクスラー短縮知能検査(WASI)の下位検査類似(Similarities)、トレイルメイキングテスト(TMT)パートA、TMTパートB。

特にエクマン表情認知検査では無表情も含め7つのすべての表情で患者群の方が成績が低くなりました。なお、記憶検査で有意差があったのはウェクスラー記憶尺度改訂版(WMS-R)の論理的記憶(Logical Memory:LM)と視覚的再現性(Visual Reproduction:VR)、数字順行検査(Digits Forward Test:DFT)、数字逆行検査(Digits Backward Test:DBT)、レイ聴覚言語学習検査(RAVLT)、レイ複雑図形検査(RCFT)でした。

★コメント

以上をまとめると、

ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症群は不安障害、気分障害、精神病状態、統合失調症の有病率が高いが、アルコール乱用の有病率は高くない。

・(上述しませんでしたが)不安障害の内訳を書くと全般性不安障害が2人、パニック発作がある不安障害が1人、パニック障害が1人、広場恐怖症が2人、社交恐怖症(社交不安症,社交不安障害)が6人、社交恐怖症の既往歴が1人、特定恐怖症が2人、心気症(ヒポコンドリー)が1人、身体表現性障害が1人、身体醜形障害(醜形恐怖症)が1人でした(併発疾患による重複あり)。一方、統制群は不安障害がある人が1人で、それは特定恐怖症でした。

・神経心理学的検査の結果はテスト名ばかりを書き連ねて分かりづらいでしょうが、論文中の表現を借りると、ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症群は表情認知に問題があるだけでなく、記憶障害や一定の実行機能障害もあるとのことです。実行機能では特に非言語的流暢性(design fluency)や切り替え(switching)、視覚構築力、抽象的思考に問題があるらしいです。一方、言語課題や他の実行機能(プランニング)は障害されていないとのこと。


ウルバッハ・ヴィーデ病は稀な遺伝疾患で1929年に初めてオーストリアの皮膚病学者、エリック・ウルバッハ氏と同じくオーストリアの耳鼻咽喉科医、カミロ・ヴィーデ氏によって公式に報告されてから、世界でも250~300人、あるいは400人ぐらいの事例しか発見されていません。そんな中でこれだけの数の患者を調査した本論文は希少価値があります。

北ケープ州は南アフリカ共和国の州で教育環境が悪いためか平均IQは74~82と患者群でも統制群でも低かったです。このため神経心理検査で有意差が検出されなかった項目でも床効果(floor effect)の可能性が排除できません。床効果とはテストが難しすぎて得点が下限に集中してしまうことです。得点が低い人ばかりだとたとえ差があってもそれ以上得点が下がりにくいので、見かけ上差がないように見えるのです。南アフリカの教育環境にあったテストを作成すれば床効果の可能性が排除できるかもしれません。

患者群と統制群で就労状況や教育水準(学歴)をマッチングさせていました。しかし、素朴な疑問ですが、ウルバッハ・ヴィーデ病が雇用状況や教育状況に悪影響を及ぼすことはないのでしょうか?もしも悪影響を与えるのであれば、本調査の患者は人口統計学的特徴が歪んでいることになります。というのも、健常統制群との差をほとんどなくしているのですから、無理矢理患者の特徴を健常者に近づけている可能性があるからです。したがって、マッチングの弊害が生じているかもしれず、そこら辺を注意深く見ていく必要がありそうです。これは何もウルバッハ・ヴィーデ病に限った話ではなく、社交恐怖症や場面緘黙症(選択性緘黙症)の研究などにも当てはまることです。

*注意:患者群の特徴に健常統制群の特徴を合わせた場合はこの限りではありません。それに今回はウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症という稀な病気の人を募集しているので、どちらかというと患者群の特徴に健常群の特徴を近づけた可能性の方が高いです。

エクマン表情認知検査では中性・幸福・悲しみ・恐怖・怒り・驚愕・嫌悪のすべての表情で患者群の方が成績が低くなりました。一方、左右の扁桃体をウルバッハ・ヴィーデ病で損傷した患者S.M.は恐怖顔の認知力が低下していましたが、他の5つの表情(幸福・驚愕・怒り・嫌悪・悲しみ)の認知力に重篤な障害はありません(Adolphs et al., 2005)。これは同じウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症でも表情認知力に個人差があることを示唆します。事実、本研究でも恐怖表情以外は表情認知力のSD(標準偏差)が患者群の方が大きくなっていました(特に驚きの表情と中性表情)。また、Adolphs et al. (2005)によると、扁桃体の片側を損傷している患者では恐怖表情認知力が残っている場合もあります(興味深いことに恐怖表情認知の際に目を見ない両側扁桃体損傷患者のS.M.さんとは違い、片側扁桃体損傷患者では目の情報を利用できています)。この表情認知力の個人差が脳の状態とどう対応しているか細かく調べていけば新たな発見があるかもしれませんし、ないかもしれません。なお、ベントン顔認知検査短縮版(BFRT-SF)では群間差が検出されなかったことから、基本的な顔認知力はウルバッハ・ヴィーデ病でも保持されているといえます。

*幸福表情(笑顔)の認知力でも群間に有意差が検出されましたが、それでもウルバッハ・ヴィーデ病群で87.18%の正解率を示しており、患者群の他の表情の正解率である47~62%と比較して高いです。もっとも、幸福表情以外では統制群も正解率が61~82%と幸福表情の正解率である93.85%と比較して低かったのですが、幸福表情での正解率の群間差はその他の表情よりも小さくなっています。

それにしてもウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症で社交不安障害の人が6人もいたんですね。割合にすると22%になります(既往歴者も含めると7人で30%)。具体的な数字はあげませんが、22%というのは一般的な社交不安障害の有病率と比較して高い値です(もっとも欧米の有病率ばかりが報告されているので、南アフリカの有病率についてはよく分かりませんが)。一般にウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症群は扁桃体が石灰化で損傷していることが多いとされます。ただ、ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症がある患者のすべてに扁桃体の石灰化が生じるわけではありません(神経学的症状は進行性で加齢とともに脳損傷部位が広がっていきます)。また、本研究ではMRI検査をしていなかったので、実際に扁桃体が損傷しているかどうか不明です。しかし、もしも本研究で見つかった社交不安障害を併発している患者の扁桃体にダメージがあったとしたら、社交不安障害の原因は扁桃体の過剰興奮だ!などという仮説は崩れ去ります←妄想状態。でも、患者群の表情認知に障害があったから扁桃体が損傷している人がそれなりにいても不思議はないはずです。それに扁桃体損傷者でも不安・恐怖等のネガティブ感情を感じることができるという報告(Anderson & Phelps, 2002)もありますしね。

もっともその場合でも「一部の」患者にとっては社交不安障害の原因が扁桃体の過敏性にあるという主張もできます。ですから、もしも社交不安障害持ちのウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症患者のMRI検査で扁桃体の損壊が確認できた場合でも、扁桃体は社交不安障害の発症あるいは持続に必ずしも必要でないということがいえるだけです(もっとも発症に関しては扁桃体損傷との時間的な前後関係を精査する必要があるため、それはそれで検証が難しい研究テーマになりますが)。

それにたとえ扁桃体が損傷していたとしてもすべての領域が損壊しているとは限りません。たとえば、両側扁桃体の基底外側部だけ損傷していると脅威刺激に対する警戒が強いことを示唆した研究(Terburg et al., 2012)があります。ですから、基底外側扁桃体だけを損傷している人は不安障害のリスクが高いのかもしれません。

関連記事⇒扁桃体には不安・恐怖を抑制する機能もある

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ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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