らせんゆむ『私はかんもくガール』の感想 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。


私はかんもくガール: しゃべりたいのにしゃべれない 場面緘黙症のなんかおかしな日常らせんゆむ著・かんもくネット解説の『私はかんもくガール: しゃべりたいのにしゃべれない 場面緘黙症のなんかおかしな日常(合同出版)』を読みました。その感想を書いておきます。

らせんゆむさんのHP(http://www.spiral-kingdom.jp/2015/01/23/初著書-コミックエッセイ-私はかんもくガール-刊行のお知らせ他/)によると本書はコミックエッセー(コミックエッセイ・エッセイ漫画)に分類されます。らせんゆむさんの職業はイラストレーターということでその経験が十分に活かされているということでしょう。

以下、あらすじというより内容紹介?です。ネタバレ注意です。

「かんもくガール」の誕生は「ある誓い・決意」から始まります。いじめや登校拒否・不登校などを経て、高校生の頃から少しずつ人前でも声を出せるようになっていったそうです。ただ、間の水泳や吹奏楽部でのお話などが自己肯定感を育み、美術系高校受験のための美術系予備校夏季講習でのコミュニケーション体験も会話の練習になったということで、急に高校生から声を出せるようになったということではありません。なお、不登校は場面緘黙症の二次障害という位置づけです。ですが、それで人見知りとおさらばというわけでもなく、対人的コミュニケーションに問題を抱えて、うつ病(自殺念慮・希死念慮・自殺企図含む)を経験されています。しかし、現在はご結婚もされて普通に社会生活を送っておられるとのこと。

途中にかんもくネット代表の角田圭子(臨床心理士)さんの解説をはさみながら話が進行していきます。この本を読んでいると、昔の緘黙経験の記憶が刺激され、様々なことが思い出されます。

『私はかんもくガール』はもともとNPO法人「企画のたまご屋さん」に持ち込まれた企画が原点です。しかし、コミックエッセイを出版する方法は「企画のたまご屋さん」を頼る方法だけではありません。たとえば、コミックエッセイの賞にはコミックエッセイプチ大賞やMAGコミックエッセイガーデン大賞、コミックエッセイグランプリ、ネクスト大賞などがありますから、腕に自信のある方は応募してみてはいかがでしょうか。中にはHP(ホームページ)やブログにアップしているWebマンガ(Web漫画)を書籍化できるコンテストもあります。ネクスト大賞なんかは「ネクスト大賞応募フォーム」というウェブページに自分のサイトのURLを記し、アピール事項や個人情報を入力するだけでエントリーできるみたいです。場面緘黙症のマンガをインターネット上に公開している方にとって挑戦しがいがあるかもしれません。

○感想

コミックエッセイだけあって場面緘黙症の本としてはこれまでにない作風です。結構ブラックな部分があるのに、絵にユーモアがあるためかそんなに暗さを感じさせません。それに場面緘黙症を克服しても問題が残ることもあることが分かりやすく描かれています。子供の緘黙症なら他にもいろいろ本がありますが、成人後の場面緘黙症の後遺症の問題を知るには本書を手始めとしてもいいでしょう。

ただ、場面緘黙症の経験者でも自分自身の体験を否定的に捉えている人にとってはらせんゆむさんの本を読むことに拒否反応を示す可能性があります。また、理解のない親に本書を読ませると、引きこもりやニートの場面緘黙(経験)者へ「らせんさんはきちんと就職できているし、他の場面緘黙経験者にも就職できている人がいるのだから、あんたもできるはず」などと確固とした根拠のない主張がまかり通る恐れがあります。緘黙(経験)者の事情はそれぞれ異なるのに、1人の体験談から「自分の子どももできるはず!」などという幻想・妄想が強まる可能性があるのです。それが具体的な支援に結びつけば何も問題はないです。しかし、言葉の圧力で責め立てるだけの方が簡単ですし、多そうな気がします。親からのプレッシャーで逆に状態が悪化することもあり得ます。もっとも、そもそも本書を親に勧める緘黙(経験)者あるいは本の紹介がなくても自分から読む親がどれだけいるのか未知数ですが…。

らせんさんの緘黙克服話は現在場面緘黙症やその後遺症に悩み苦しんでいる方にとって希望となり得ます。ですが、同時に彼女の緘黙克服体験が重しとなり、「私は場面緘黙症を克服できていない。自分ってなんてダメなんだろう」と無力感や絶望感を味わうリスクをも秘めています。これは上方比較(upward comparison)に値します。上方比較とは自分よりも望ましい状態の他者との比較という意味の術語のことです。反対に自分より下の人と比較することを下方比較(downward comparison)といいます。社会心理学では社会的比較理論(Social Comparison Theory:SCT)というお話があるのですが、ここに上方比較と下方比較がでてきます。社会的比較理論とはレオン・フェスティンガーという社会心理学者が提唱した心理学理論のことです。社会的比較理論の要点は以下の通りです。
・人には, 自分の意見や能力を正しく評価しようという動因がある。
・直接的物理的な基準がない場合, 人は他者と比較することによって, 自分を評価しようとする。
・一般的に, 人は類似した他者と比較することを好む。
(池上知子・遠藤由美『グラフィック 社会心理学』サイエンス社 1998年発行の第2部 自己 第6章 自己評価 第2節 社会的比較理論 表6.4 フェスティンガー理論の要点より)
グラフィック社会心理学 (Graphic text book)グラフィック社会心理学 (Graphic text book)
(2009/01)
池上 知子、遠藤 由美 他

商品詳細を見る
*amazon.co.jpへのリンクは最新版。私の手元にあるのは1998年発行の古い版です。

このようにらせんさんの体験談には副作用の危険性がありますが、他方で彼女が緘黙を克服できたのなら自分も!と緘黙改善の動機づけを促す効果も期待できます。いったいどっちやねん!と叫びたくなるところですが、この2つの違いは個人差や状況要因、文化差などの影響を受けると考えられます(私は社会的比較理論の基礎しか知らないので詳しい議論ができません)。同じ人でも時間経過や状況/環境要因によってポジティブ効果が強まったり、ネガティブ効果が強まったりといった変動性があることも予想されます。もっとも社会的比較理論にこだわる理由はなにもなく、他の心理学的知見から考えることもできますが、今のところは不勉強で思いつきません。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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