恐怖は怒り感情の低下を抑えるが、攻撃行動には影響しない | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、論文要旨(アブストラクト)だけ読んだ興味深い論文を取り上げるつもりでしたが…、面白すぎて全文読んでしまいました。

今回も不安(障害)・恐怖に関する最新の論文です。なぜ不安(障害)・恐怖なのかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害を併発していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害(不安症)になりました。

今回は恐怖で怒り感情の低下が抑制されネガティブ情動が増幅される、悲しみで攻撃行動が低下するというお話です。

なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事⇒女性の可愛さは周辺視野では判断できないが、美人の判断ならできる
↑日本人女性の可愛さは中心視野でなら分かるけど、周辺視野になると可愛いかどうかの判断ができなくなるという研究です。また、美人かどうかの判断は周辺視野でも中心視野と同等の判断ができるという結果も得られています。したがって、可愛さの判断は中心視野でないとダメで、美人の判断は周辺視野でも大丈夫ということになります。特に男性は可愛さの判断が周辺視野でできなくなります。メカニズムについてですが、周辺視野で可愛さの判断ができなくなるのは顔がぼやけるからという可能性が考えられます。ところが、周辺視野で可愛さが分からなくなるのは顔がぼやけるからではないという実験結果が得られています。

Zhan, J., Ren, J., Fan, J., & Luo, J. (2015). Distinctive effects of fear and sadness induction on anger and aggressive behavior. Frontiers in Psychology: Emotion Science, 6:725. doi: 10.3389/fpsyg.2015.00725.

中国北京の首都師範大学心理学部首都教育開発協創センター北京学習認知重点実験室、金華市浙江師範大学心理学部、米国のニューヨーク市立大学クイーンズ校心理学部、中国科学院心理学研究科メンタルヘルス重点実験室の研究者らによる論文です。

○背景と目的

認知方略による情動制御(情動調整)にはパラドックスが存在します。つまり、情動制御が必要になるのはストレス下でのことなのに、ストレスは情動制御に必要な認知機能(前頭前野の機能)を低下させると考えられているのです。したがって、トップダウンの高次認知機能が不要な情動制御方略を考案する必要があります。

本研究では認知機能を使わない情動制御方略として「情動による情動制御」を検証しました。この方略は中国哲学(中哲)や中国医学(東洋医学・中国伝統医学)に基づくものです。中哲や東洋医学では喜びが思考/不安を、思考/不安が悲しみを、悲しみが恐怖を、恐怖が怒りを、怒りが喜びを促進すると考えられています。また、喜びは悲しみを、悲しみは怒りを、怒りは思考/不安を、思考/不安は恐怖を、恐怖は喜びを中和すると仮定されています。

具体的には、悲しみが怒り感情・攻撃行動に及ぼす影響と恐怖が怒り感情・攻撃行動に及ぼす影響を検討することを本研究の目的としました。なお、実験1・実験2ともにあらかじめ実験操作で怒りを高めた状態で悲しみや恐怖、中性の情動を誘発し、その影響を調べている点に注意が必要です。

○実験1

大学生・大学院生が実験に参加し、最終的にデータ解析に用いられたのは90人。平均年齢は22歳で、範囲は20~25歳。以下の3群に30人ずつ、男女同数でランダムに割り当て(被験者間実験計画)。

・中性群:怒りを高めた後、中性的な映画クリップを鑑賞(映画の上映時間は2分17秒:以下同様)
・恐怖群:怒りを高めた後、恐怖の映画クリップを鑑賞(2分17秒)
・悲しみ群:怒りを高めた後、悲しい映画クリップを鑑賞(2分16秒)

怒りを高める実験操作は全群共通して以下の通り。中国社会の話題に関する意見文を書き、他の実験参加者(実際にはいない架空の存在)から非常に否定的な評価を受ける。

用いた尺度は以下の通り。尺度による感情/情動評価は怒り誘発前、怒り誘発後、中性/恐怖/悲しみ誘発後の3回。
・怒り感情の評価:多感情形容詞チェックリスト(Multiple Affect Adjective Checklist:MAACL)改訂版の敵意(敵愾心)下位尺度
・情動状態の評価:正負感情スケジュール(Positive and Negative Affect Schedule:PANAS)

最後に攻撃行動の評価を競合コンピュータゲームで実施。テイラー攻撃パラダイム(Taylor Aggression Paradigm:TAP)を使用。テイラー攻撃パラダイムとは競合コンピュータゲームで攻撃行動を評価する実験手続きのことです。実際は相手なんかいないのに、他者と交流していると被験者に信じさせました。なお、ここでの他者とは以前の怒り誘発手続きで被験者の意見文を非常に否定的に評価した人のことです。ゲームでは信号が出現した後にどちらが先にボタンを押せるかを競い合ってもらいました。先にボタン押しができた方が勝者で反応が遅かった敗者に2秒間の騒音(ノイズ)を浴びせました。被験者は各ラウンドの前に相手に浴びせる音の量を決めました。ただ、実際には実験者があらかじめセットした音のデシベル値を流したようです。で、被験者が設定したデシベル値を攻撃行動の指標としました。

実験1の結果、怒り誘発前よりも怒り誘発後の方が怒り感情やネガティブ情動が高まり、ポジティブ情動が低下しました(群による違いなし)。

怒り誘発後かつ中性/恐怖/悲しみ情動誘発前と比較して、中性/恐怖/悲しみ情動誘発後は怒り感情が弱まりました。下位分析により、情動誘発前は怒り感情に群間差が検出されなかったものの、中性/恐怖/悲しみ誘発後には怒り感情が高い順に恐怖群>悲しみ群・中性群となりました。また、ポジティブ情動は恐怖群で恐怖情動誘発前よりも誘発後に低下しました。中性群で中性情動誘発後(vs. 誘発前)にポジティブ情動が低下しましたが、有意傾向に留まりました。さらに、ネガティブ情動は情動誘発前に群間差が検出されず、情動誘発後にネガ情動が高い順に恐怖群>悲しみ群・中性群となりました。実際、恐怖群のみ情動誘発後にネガティブ情動が上昇しており、中性群・悲しみ群ではネガティブ情動が低下していました。

テイラー攻撃パラダイム(TAP)での攻撃行動(対戦相手へのノイズの強さ)については高い順に恐怖群・中性群>悲しみ群となりました。

○実験2

実験1は怒り誘発手続きに意見文へのネガティブフィードバックを用いていました。たしかにこの手続きでも怒り感情を強めることができていました(実験1)。しかし、これだと怒り感情以外にフラストレーションが高まる可能性がありました。心理学者J.ダラード(John Dollard)らの欲求不満攻撃仮説・フラストレーション攻撃仮説(Frustration-Aggression Hypothesis:FAH)によれば、フラストレーションも攻撃傾向を強めるとされます。したがって、実験1の結果だけではフラストレーションと関連する怒り感情・攻撃行動だけしか検証されていないと言え、怒り感情・攻撃行動一般への影響については不明のままです。そこで、実験2の目的はフラストレーションを引き起こさないような怒り誘発の実験手続きを用いて実験1と同様の問題を検証することとしました。

実験参加者は大学生と大学院生95人で、最終的にデータ解析されたのは90人(男性18人)。平均年齢は23歳で、範囲は19~25歳。

実験2は実験1と違い、怒りの誘発に映画クリップを使用。映画刺激は東京裁判(The Tokyo Trial)から2分43秒のシーンを抜粋。怒りの誘発にネガティブフィードバック手続きを用いなかったため、テイラー攻撃パラダイム(TAP)での対戦相手も否定的評価をする人からランダムに選択された人に変更。残りの手続きは実験1と同じ。

実験2の結果、怒り誘発前よりも怒り誘発後の方が怒り感情やネガティブ情動が強まり、ポジティブ情動が低下しました(群による違いは検出されず)。

怒り誘発後かつ中性/恐怖/悲しみ情動誘発前と比較して、中性/恐怖/悲しみ情動誘発後は怒り感情が弱まりました。下位分析により、情動誘発前は怒り感情に群間差が検出されなかったものの、中性/恐怖/悲しみ誘発後には怒り感情が高い順に恐怖群>悲しみ群・中性群となりました。また、ポジティブ情動は情動誘発前に群間差が検出されず、誘発後は悲しみ群>中性群・恐怖群の順にポジ情動が高くなりました(ただし、悲しみ群と中性群の差は有意傾向)。情動誘発後のポジ情動の低下は恐怖群・中性群で確認されましたが、悲しみ群ではありませんでした。さらに、情動誘発前にネガティブ情動の群間差が検出されず、誘発後のネガティブ情動が高い順に恐怖群>悲しみ群・中性群となりました。実際、恐怖群のみ情動誘発後にネガティブ情動が上昇しており、中性群ではネガティブ情動が低下していました。

TAPでの攻撃行動が高い順に恐怖群・中性群>悲しみ群となりました。

○コメント

実験1と実験2に共通していた結果をまとめると、もうすでに怒り感情が高まっている状態で

・悲しい映画や中性的な映画を観た群と比較して、恐怖映画を観た群は怒り感情の低下が弱まり、ネガティブ情動が増幅される

・怖い映画や中性的映画を見た群と比較して、悲しい映画を鑑賞した群は攻撃行動が低下する

となります。なお、本研究の解釈を恐怖が怒りを増幅させるとするのは誤りです。というのも、時間経過のためなのか恐怖群でも怒り感情の減少が生じているからです。したがって、より正確な実験の解釈は恐怖が怒り感情の低下を抑える(怒り感情からの回復を遅らせる)というものです。なお、ネガ情動は恐怖映画鑑賞後に増加しており、こちらは恐怖でネガ情動が増幅するといえます(中性群・悲しみ群はネガ情動が低下している点に注意。もっとも実験2では悲しみ群の結果が有意ではありませんでしたが)。


怒りは対象への接近動機づけと関連しますが、恐怖は逃避動機づけと関連します。また、接近動機づけは怒りプンプンの人間が攻撃行動にでるのに重要な役割を果たしているとされます。したがって、恐怖で怒り感情が低下しにくくなったが、攻撃行動への影響はなかったという本実験結果は接近動機づけの向上が恐怖で起きなくなることによるものだという議論が論文中に展開されています。

一方、悲しみは攻撃行動を弱めたものの、怒り感情には影響しませんでした。これは悲しみは認知的再評価のようにトップダウン式に不愉快な出来事への認知を変化させるのではないためだと考えられるという考察が論文中に書かれていました。なお、悲しみが攻撃行動を緩和させる理由は脳科学的議論が中心で、攻撃行動関連の脳活動が悲しみ関連の脳活動で打ち消されるからだとされていました。

大まかに言って実験1の結果と実験2の結果に大差はありませんし、怒り感情と攻撃行動については実験1と実験2でほとんど結果に違いがありませんが、ポジティブ情動とネガティブ情動では相違があります。たとえば、実験1では、情動誘発後にポジティブ情動が低下したのは恐怖群だけでしたが、実験2では中性群でも低下が確認されています。また、実験1では情動誘発後にネガティブ情動が低下していたのは悲しみ群と中性群の両方だったのに対し、実験2では中性群のみ低下していました。他にも細かいところで異なる結果がでていますが、結果の食い違いをどう考えるかが問題となります。実験1と実験2の間の手続きの差がこれらの違いを生み出したのか、それとも単なる「偶然」なのか、考察しがいがありますね(論文本体でも議論が展開されています)。

本論文では「情動による情動制御(情動調整)」に認知資源が不要だという前提で論理展開がされていましたが、いつもそうなのか?という疑問が生じます。たとえば情動を喚起する際に過去の自伝的記憶を想起する際には、認知的制御よりは少ないにしても認知資源を食うことになることが予想されます。本実験で用いた映画クリップの鑑賞は2分16~17秒と短くそんなに認知資源を食わないかもしれませんが、他の方法による情動誘発では認知資源を使うかもしれません。また、実験だと研究者が与えた情動刺激を受動的に受けるだけなので認知資源が不必要になるでしょうが、日常生活でやろうと思ったら自発的に情動喚起をしなければなりません。とすると、自発的情動喚起に認知資源が全く要らないといえるかどうかという問題がでてきます。ここら辺の検証が不十分であるような気がしました。

なにはともあれ、今回の実験結果が確からしいならば、相手を攻撃しないためには悲しくなるのが効果的で、怒り感情を維持したいなら怖い思いをすると良いと言えます。逆に言うと、攻撃行動が適応的な場面では悲しくならないのが良く、怒り感情を発散させたいのなら恐怖は避けるべきです。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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