血液凝固第VIII因子がホラー映画観賞後に増加する | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
HOME   »   不安(障害)・恐怖に関する興味深い研究  »  血液凝固第VIII因子がホラー映画観賞後に増加する

問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

不安(障害)・恐怖についての興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、アブストラクト(論文要旨)だけを読んでブログ記事にしようとしましたが、今回は毎年恒例の「あのシリーズ」ということで、全文読みました。あのシリーズとは何ぞや?は記事の後半(コメントの最初の段落)で明らかにされます。

なぜ不安(障害)・恐怖に関する研究をとりあげるのかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併発していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害になりました。

今回はホラー映画観賞後に血液凝固第VIII因子レベルが増加するという内容です。

なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事⇒苦いものが好きな人はサディズムやサイコパシーが高い
↑苦い味が好みの人は反社会的性格特性(特にサドやサイコパシー)が高いそうです。味の好き(嫌い)と性格は関係するのでしょうかね。

Nemeth, B., Scheres, L. J. J., Lijfering, W. M., & Rosendaal, F. R. (2015). Bloodcurdling movies and measures of coagulation: Fear Factor crossover trial. BMJ:British Medical Journal, 351:h6367. doi: 10.1136/bmj.h6367.

オランダのライデン大学医学センター臨床疫学部&整形手術学部(整形手術学部)&アイントホーフェン実験血管医学研究室、アムステルダムの大学医療センター血管医学部の研究者達による論文です。

○方法

ライデン大学医療センターの学生、卒業生、被雇用者24名が実験に参加(男性16人,平均年齢25.9歳)。群分けは以下の通り。クロスオーバー試験(交差試験・交互試験)。

・最初にホラー映画の観賞。それから1週間後、教育映画を鑑賞(14人)
・最初に教育映画の観賞。それから1週間後、ホラー映画を鑑賞(10人)

*用いたホラー映画は『インシディアス(Insidious)』、教育映画は『シャンパーニュの1年(A Year in Champagne)』。インシディアスは2010年のホラー映画で上映時間は103分、シャンパーニュの1年はドキュメンタリー映画(2014)で上映時間は90分。映画は同じ時間に観賞するように調整。なお、実際には採取した血液が溶血性(赤血球が破壊されている状態のこと)だったり、失神するほど採血に緊張した人がいたりして最終的なサンプルは21人になりました。また、クロスオーバー試験とは群を甲群と乙群の2群に分ける場合は甲群への実験の順序をA条件→B条件とするならば、乙群の実験順序はその逆のB条件→A条件とする実験デザインのことです。ここではA・Bにそれぞれホラー映画・教育映画が当てはまります。

映画を観る15分前に前肘静脈から血液採取。映画観賞後15分以内の採血は最初とは反対側の前肘静脈から。

凝固活性化マーカーは血液凝固第VIII因子、D-ダイマー、トロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT)、プロトロンビンフラグメント1+2(F1+2)。

映画観賞中の恐怖の評価は11件法のビジュアルアナログ恐怖スケール(Visual Analogue Fear Scale:VAFS)による。VAFSへの回答は映画観賞後。

○結果

映画観賞前の血液凝固第VIII因子の血中濃度(単位:IU/dL)に群間差はありませんでしたので、群分けは考慮せず一括分析しました(プール化解析)。また、観賞前の血液凝固第VIII因子濃度、D-ダイマー濃度(ng/mL)は映画のジャンルによって有意に異なることはありませんでした。

ホラー映画のビジュアルアナログ恐怖スケール(VAFS)の得点は平均値で5.4で、教育テレビでは0.0でした(恐怖の差の95%信頼区間は4.7-6.1)。なお、VAFSは得点が高いほど怖かったことを意味します。

映画観賞前後の血液凝固第VIII因子濃度の変化は教育映画よりもホラー映画で高くなりました。その平均的な差は11.1 IU/dL(95%信頼区間:1.2-21.0)でした。ホラー映画観賞後に血液凝固第VIII因子濃度が増加したのは12人(57%)でしたが、教育映画では3人(14%)でした。濃度が低下したのは教育映画で18人(86%)、ホラー映画で9人(43%)でした。

一方、D-ダイマー濃度、トロンビン-アンチトロンビン複合体濃度(μg/L)、プロトロンビンフラグメント1+2濃度(pmol/L)の変化には映画ジャンルの効果が検出されませんでした。

○コメント

今回はなんとあの英国医師会雑誌、BMJのクリスマス特集号の論文ということでジョーク論文となっています。ジョーク論文とはいえあなどれないもので、学術的にも興味深いものがあります。2015年のBMJクリスマス号では今回の論文以外にもクリスマスの脳内機構に関する論文が発表されました(Hougaard et al., 2015)。この論文はデンマークのコペンハーゲン大学の研究チームによるものです。Hougaard et al.(2015)はfMRIで、クリスマスを祝う習慣のある人は祝う習慣のない人と比較して、クリスマス関連画像を見ると感覚運動皮質や運動前皮質、第一次運動皮質、(下/上)頭頂葉が活発に働くという結果を得ました。

さて、本題に戻ります。血も凍るような恐怖(bloodcurdling fear)という比喩は日本語にもありますよね。本論文の序論によると、血も凍るような恐怖と似た表現はドイツやフランス、オランダにもあり、中世時代から使われているそうです。なので、今回見いだされたホラー映画観賞後に血液凝固第VIII因子レベルが増加するという結果はまさに血も凍る(血が固まる)結果なのです。ちなみに、精神疾患者の慢性的不安は凝固マーカー濃度の高さと関連するという研究もあるのだとか。

ホラー映画観賞による血液凝固第VIII因子濃度の増加は11.1 IU/dLでした。本論文のディスカッションによると、この数値は臨床的意味がある値だそうです。というのも血液凝固第VIII因子検査値が10 IU/dL増加するごとに、静脈血栓塞栓症リスクが17%(95%信頼区間:7-28%)高まるという先行研究があるのだとか。ただ、トロンビン-アンチトロンビン複合体やプロトロンビンフラグメント1+2の濃度亢進が統計的に有意でなかったことから、トロンビン産生は活性化せず、フィブリン分解産物であるD-ダイマーの検査値も上昇しなかったというわけです。

*遅れましたが、トロンビン-アンチトロンビン複合体とは凝固活性化で産生されるトロンビンが阻害因子のアンチトロンビンと結合した物質のことです。プロトロンビンフラグメント1+2とは第II因子(プロトロンビン)からトロンビンが生成される際に遊離するペプチドのことです。どちらも凝固活性化マーカーでトロンビン産生量を反映していると考えられています。D-ダイマーとは血餅を形成するフィブリンの溶解で産出される生成物のことです(血餅とは血の塊のこと)。血液凝固第VIII因子とは凝固タンパク質の1種のことで、第IX因子とともに血餅を形成するための反応を促進します。第VIII因子は抗血友病因子で、血友病Aは第VIII因子欠乏症とよばれます。以上が私の理解です。しかし、私は血液科学の専門家ではありませんから、誤りがあるかもしれません。

本研究ではホラー映画の観賞(恐怖)で血液凝固第VIII因子が増加しました。このことから恐怖で止血に時間がかからなくなると考えられます。これは進化論的に適応的です。というのも、現代社会はともかくとして狩猟採集時代の恐怖状況では危険な動物など身体的な脅威にさらされる状況が比較的多いと考えられるので、身体があらかじめ血液が固まる準備をしていた方が生存上有利となるからです。ただ、本当に恐怖で止血に要する時間が減るかはさらなる検証が必要です(あるいは恐怖で血栓症が起きやすくなるかといったことも検討の余地ありです)。

いくらホラー映画の観賞後に血液凝固第VIII因子濃度が増加するといっても、それは平均的な話です。実際には濃度が低下した人も43%いたので、個人差がありました。この個人差を左右する要因を調査することは今後の研究課題です。

研究の限界としては映画を観る順序のランダム化がされていない、ビジュアルアナログ恐怖スケールの妥当性がチェックされていないなどが論文中にあげられていました。

映画の観賞は午後7時頃~8時30分頃に実施していました。しかし、少なくとも女子大生では夜8時以降の実験は朝8時以降の実験よりも怖い画像や音に対して情動評価、皮膚コンダクタンス反応、心拍数が高まりやすく、たとえ実験室を明るくしても夜に実験すると恐怖反応が高くなるという先行研究(Li et al., 2015)があります。今回の実験は男性も参加しているし、実験パラダイムが全く違うので単純比較はできませんが、朝や昼間にやったら血液凝固第VIII因子への影響はどうなるのかな?と疑問に思います。

出血した場面緘黙児が保健室に行って止血してもらう際は養護教諭(保健室の先生)は喋ることを強要して恐怖を味わわせた方が身体にとっては良いかもしれませんね(笑)。もっとも本実験はあくまでも成人が対象だったので、子供でも同様の結果が得られるか不明ですが。また、映画の上映時間は90分以上と長かったので、血液凝固因子の増加がいつ頃から始まるのかといった時間的経過も未解明で、ホラー映画の恐怖とは異なる現実世界での恐怖(さらに言えば緘黙児の喋る恐怖、声を聞かれることへの恐怖)でも同様の現象が生じるか不明なため、「喋りなさい!」というプレッシャーで緘黙児の出血を止めようとするのは慎重にしたほうがよさそうです。でももしかしたら、コミュニケーションが苦手な(元)場面緘黙症/全緘黙症の大人で生活習慣が悪い人に「喋れや!」と脅したら血栓症の発症が促進されるかもしれませんね。

○引用文献(「クリスマス脳」の論文です)
Hougaard, A., Lindberg, U., Arngrim, N., Larsson, H. B. W., Olesen, J., Amin, F. M., Ashina, M., & Haddock, B. T. (2015). Evidence of a Christmas spirit network in the brain: functional MRI study. BMJ:British Medical Journal, 351:h6266. doi: 10.1136/bmj.h6266.

スポンサードリンク

Comment

スポンサードリンク

Trackback
Comment form
カテゴリ
ランキング
Twitter
スマートフォンサイト
Amazon書籍
場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

リンクについて
このサイトはリンクフリーです。リンクの取り外しはご自由になさって下さい。個別ページのSNSでの共有やブログ、サイトへのリンクも自由です。
プライバシーポリシー
当ブログはGoogle Adsense広告を掲載しています。Google Adsenseでは広告の適切な配信のためにcookie(クッキー)を使用しています。ユーザーはcookieを無効にすることができます。

なお、Google Adsenseで上げた収益は将来のホームレス生活を見越し、すべて貯金にまわしています。
免責事項
ブログ記事の内容には万全の注意を払っていますが、管理人はその内容の正確さについて責任を負うものではありません。

PAGE TOP