身体動作で情動制御(感情制御)が可能か? | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

今回の不安(障害)・恐怖に関する興味深い論文は全文を読みました。いつもアブストラクトや実験(調査)手続き+結果だけ読んで省力化しているのに全文を読んだ理由は、私にはまったく予備知識がない解析方法が使われていたためです。

ところで、なぜ不安(障害)・恐怖に関する興味深い研究というカテゴリーを設けているかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併発していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害になりました。

今回は運動動作で情動制御/情動調整(感情制御/感情調整)ができるかもしれないというお話です。

なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事⇒自撮り投稿とナルシストの関係は女性より男性の方が強い
↑男性より女性の方がSNSに自撮り写真を投稿します。しかし、投稿された自撮り写真数と自己愛性格(ナルシシズム)の関係は女性よりも男性の方が強いという研究です。

Shafir, T., Tsachor, R. P., & Welch, K. B. (2016). Emotion regulation through movement: Unique sets of movement characteristics are associated with and enhance basic emotions. Frontiers in Psychology: Emotion Science, 6:2030. doi: 10.3389/fpsyg.2015.02030.

イスラエルのハイファ大学クリエイティブアーツセラピー大学院社会福祉健康科学部、アメリカのミシガン大学アナーバー校精神医学部&統計学諮問研究センター、イリノイ大学シカゴ校舞台学部舞台音楽研究科の研究者達による論文です。

○背景と目的

先行研究によれば、表情や姿勢、頭部の動き、腕の等尺性筋収縮、全身の動きの実行や模倣を通した筋肉・関節からの固有受容感覚(深部感覚)の変化によって感情や態度が変化することが示されていました。だとするならば、情動制御に動作を活用することができるはずで、副作用も少ないと考えられます。

弁証法的行動療法(Dialectical Behavioral Therapy,DBT)では表情が感情に与える影響が活用されていますが、全身表出によるセラピーは実施が難しいのが現状です。その理由は、表情ならばある特定の表情を作るのに皆が同じ表情筋を使うのに対し、全身表現では個人間変動や個人内変動が大きくなるからです。たとえば、同じ怒りでも握りこぶしでテーブルを叩く、ドアを乱暴に閉めるなどその表現方法は様々です。

全身表現の多様性から、情動制御という文脈ではどの動作がどの情動と関連するのか?個々人にあった情動制御の動作をどのように決めるのか?という問題がでてきます。そこで、これらの問題を解決するために、特定の情動を増強する動作に共通の運動特徴を同定し、情動制御に活用することを本研究の目的としました。その際に情動の身体表現に関わる動作をコード化する必要がでてきますが、ラバン身体動作表現理論(Laban Movement Analysis,LMA)という現存する最も包括的な動作解析システムを用いました。

○ラバン理論とはなんぞや?

ラバン身体動作表現理論とは舞踊家のルドルフ・フォン・ラバン(Rudolf von Laban)氏が考案し、リサ・ウルマン(Lisa Ullmann)氏やイルムガルト・バータニフ(Irmgard Bartenieff)氏、ウォーレン・ラム(Warren Lamb)氏、F.C ローレンス(F.C Lawrence)氏らが発展させた理論のことです。この理論により身体運動の記述を行い、心理状態との関係を探ることが可能となります。チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)の動物の身体表現の構造に関する理論を発展させた理論です。また、動作と心理状態との関係には進化論的基盤があるとされます。なお、ラバン理論はロボット動作に感情を付与するために使われることがあります。日本では名古屋工業大学の加藤昇平教授の研究チームらが研究されています(ラバン理論はロボット以外の分野にも活用されています)。

ラバン理論は身体(Body)、エフォート(Effort)、シェイプ(Shape)、空間(Space)の4側面から運動を記述します。身体とはどの身体部位が動くかという意味で、空間とは3D次元で前後・上下・左右どの方向に動くかという意味です。身体には身体行為も含まれ、たとえばスプリンギング(ジャンプなど)やトラヴェリング(歩行や匍匐前進、走行など)があります。

エフォートとは動きの質のことで、心的状態と結びつきます。エフォートには力加減(Weight)、空間的特徴(Space)、時間的特徴(Time)、ぎこちなさ(Flow)の4要素があり、各々に戦闘形態と陶酔形態があります。戦闘形態とは能動的な心理等と関係する動きのことで、陶酔形態とは受動的心理等と関連する動きのことです。詳しくは国立研究開発法人、産業技術総合研究所(産総研)人工知能研究センターの中田亨さん(中央大学大学院客員教授)のページ(https://staff.aist.go.jp/toru-nakata/shintairon.html)を参考にしてください。

また、シェイプとは身体を周りの空間も含め全体的に捉える概念で、高低・広狭・進退が基本的要素になります。

さらに、ラバン理論にはフレージング(phrasing)という概念が存在します。フレージングとは運動要素の時間的順列のことです。音楽のフレージングと似た概念らしいです。動作の句切り法という意味でしょうか(なんだかよく分かりませんでした)。ラバン理論はモチーフ(motif)という概念も使用しています。モチーフとは運動(系列)を指示する上位概念のことで、音楽でいうところの楽譜に相当するそうです。ラバン理論の訓練を十分受けている人がモチーフを使うことで、より正確な運動動作が可能となります。

○方法

さて、前置きはこの辺にして実験の説明に移ります。参加者は80人(女性76人)。年齢の範囲は25~86歳。ラバン理論熟練度は初級が10人、中級が41人、上級が29人。

基本的情動である怒り、恐怖、幸せ、悲しみに焦点を当てました。まず、それぞれの情動に特有のモチーフ(楽譜)を作成。次に、ラバン理論の知識がある人がモチーフを読み、動作を実践。動作をしている最中にどんな情動が喚起されたか、またその強さはどの程度だったか回答。

モチーフの作成は、俳優が全身の動きを通して情動を表現している3秒間のビデオを見たラバン理論の専門家が各々の情動に重要だと思う運動要素を決定して実施。なお、ビデオで俳優の表情が分からないように工夫しました。

○結果

ラバン理論の専門家がビデオを見て各々の情動に重要な運動要素を決定した結果、怒りのモチーフは9つ、恐怖のモチーフは8つ、幸福のモチーフは13個、悲しみのモチーフは10個になりました。

29個の運動要素の内、20個が動作中に感じる情動を予測しました。怒りを予測したのは「強く速い動き」、「突発的な動き」、「シェイプで前後方向の前進運動」、「目標物に対して集中的、直線的な運動軌道」、恐怖を予測したのは「シェイプで前後方向の後退」、「シェイプの変化で圧縮した動き」、「ぎこちない?」、「前後方向に後ろへ」、「シェイプで水平面で収縮」、幸福を予測したのは「ジャンプ行為」、「区切り法で律動性/再開」、「シェイプで水平面の拡張」、「流麗。自信のある動き?」、「力加減がライト」、「垂直方向に上へ」、「シェイプで垂直方向に上がる」、悲しみを予測したのは「力加減が受動的」、「上半身に腕をつける/上半身まで腕を上げる」、「シェイプで垂直方向に沈む」、「頭部を下に向ける」でした。

すなわち、各々の情動はそれぞれに特有の運動要素によって予測できるということです。2つ以上の情動を予測した運動要素はありませんでした。

一方、以下の動作要素があると特定の情動を感じにくくなりました。なお、これは動作要素による情動の高まりの予測とは違って、1つの動作要素が2つ以上の情動の低さを予測することもありました。また、情動を高める際に使える動作要素が他の情動の低さを予測することもありました。具体的に怒りの低さを予測したのは「継続的。ゆっくりと変化する」、「ジャンプ」、「区切り法で律動性/再開」、「身体中央の動き」、「力加減がライト」、「シェイプで垂直方向に沈む」、「シェイプで水平面で拡張する」、「シェイプで水平面で収縮」、「頭部の動き」、「腕を上半身につける/上半身まで腕を上げる」、「力加減が受動的」、「シェイプで前後方向に退却」でした。恐怖の低さを予測したのは「区切り法で律動性/再開」、「力加減が受動的」でした。幸福の低さを予測したのは「腕を上半身につける/上半身まで腕を上げる」、「力加減が受動的」、「ぎこちない。ためらいがある?」、「力加減が強い、速い」でした。悲しみの低さを予測したのは「ジャンプ」、「区切り法で律動性/再開」、「シェイプで水平面で拡張する」、「シェイプで前後方向に前進」、「区切り法で強さの増加」、「突発的」、「垂直方向に上へ」、「シェイプの変化で拡張」でした。

○コメント

ラバン理論を用いた論文を読むのは初めてだったので難しかったです。なので、間違いがある可能性が他の記事よりも高いことに注意してください。それにしても舞踊(ダンス)にラバン理論なるものが存在していたとは、驚きです。単に身体をリズムカルに動かしているだけではなかったんですね。

ある動作をするとそれに対応した情動が喚起される(または他の情動が生じにくくなる)というのが本論文の主旨ですが、動作の実践は情動が起こるまで何回もすることを許容していました。ちょっと誇張して書くと、何百回と動作をしなければ情動が起きない場合、果たして情動制御方略として「動作療法」が使えるのか疑問が残ります。なので、情動が高まる/低下するまで何回動作を繰り返したかという点もデータ解析した方がいいかもしれません。

本研究だけではラバン理論の専門家がいないと一般人への情動制御への活用は難しそうです。しかし、論文によると、運動要素の自動認識がキネクトカメラ(マイクロソフト社)でできるという研究が2015年に発表されたそうです。キネクトカメラによるフィードバックを利用して、日常生活で運動動作を取り入れた情動制御をする日がいつの日かくるかもしれません。

論文によれば、たとえモチーフが同じでも異なる動作ができるそうです。たとえば、前向きのパンチなら片手で行うのか、それとも両手か、あるいは左右で交互にパンチを繰り出すのかといったバリエーションがでてきます。個々人にあった動作を選べば良いということで、個別化医療・個別化療法の発想につながります。なお、情動喚起の際には、指示された運動要素がある限りは、同じ動作を繰り返しても違う動作を行っても許されていました。

先行研究によると運動実行だけでなく、運動観察や運動想像/運動想起(Motor Imagery)でも対応する情動を高めることができるそうです。ということは本研究で情動との関連が同定された運動要素を実行しなくても観察や想像で情動制御ができるかどうか検証しがいがあります。特に運動想像は(正常な認知機能がある限りは)頭の中で動作を思い描くだけですから、TPOをわきまえる必要性が薄れるので汎用性が高そうです。

幸福と怒りは両方とも接近情動ですが、それぞれに対応した運動要素は異なっていました。同様に悲しみと恐怖は両方とも回避情動ですが、運動要素は異なっていました。身体動作で情動が喚起されるメカニズムには筋肉から脳への固有受容感覚フィードバックが想定されますが、たとえ接近/回避次元が同一だとしてもそれぞれの情動で異なった経路をたどることが示唆されます。

幸福を高める動作要素に「区切り法で律動性/再開」がありましたが、これは怒り、恐怖、悲しみのすべての低さを予測しました。このことから少なくとも身体動作という点では幸せを高めると同時に様々な負の情動が低下する可能性がある動きがあるということになります。また、悲しみを高める「力加減が受動的」も他の3つの情動(怒り・恐怖・幸福)の低さを予測しました。悲しくなると幸福感が減退するのは直感的に分かりますが、怒りと恐怖も低下させる可能性があるかもしれません(もっとも本研究は、とある動作で悲しみが増したら怒りなどが弱まるという因果関係を立証したものではなく、単に悲しくなる動作をしたら怒りなどが緩和する/低いままであるという関連性を示唆しただけなのですが)。

研究の限界として論文中に言及があったのは、運動要素はプロの俳優の誇張された演技が元になっていたこととありました。これがゆえに一般人の自然状況での自発的情動表出で重要な運動要素とは異なる可能性があるそうです。また、ラバン理論を知らない一般人では動作と情動の関係が本研究成果とは異なる可能性も指摘されていました。他には文化差の検討に関する議論がありました。

また、本研究はネガティブ情動やストレス状態の下で身体動作の影響を検証したものではなく、この点に関しては別途検証が必要です。心理学でネガティブ情動の誘発といえば、映画観賞などの方法があります。映画を用いた実験としては『シックス・センス』や『ザ・リング』を観賞する実験「ホラー映画鑑賞後に興奮するとリスク行動が増加する」があります。不安を高める実験操作としてはサスペンス映画で使用されている音楽を聞かせた研究「不安が高いと不正行為に手を染めやすい」があります。

また、ストレス課題には試験官社会的ストレス試験(Trier Social Stress Test,TSST)や寒冷昇圧試験(Cold Pressor Test,CPT)などがありますから、これらの実験手続きを用いて動作による情動制御の効果を検証する必要があります。寒冷昇圧試験は身体的ストレス課題ですが、社会的評価寒冷昇圧試験(Socially Evaluated Cold Pressor Test,SECPT)という身体的ストレスに社会的ストレスを追加したバージョンもあります(Schwabe et al., 2008)。

*TSSTとは何ぞや?という方は「TSSTで発話の機能性が高まり、ポーズ時間が長くなる」や「ストレスで離人症・現実感喪失症になりやすい社会不安障害患者」などの記事を参考にしてください。また、CPTとは何ぞや?という方は「寒冷昇圧試験で視線を向けられている感覚が強まる」をご覧ください。なお、SECPTとは氷水に手を浸す寒冷昇圧試験を実験者観察下で行い、なおかつ試験中の様子をビデオに記録していると被験者に教示するテストのことです(Schwabe et al., 2008)。Schwabe et al.(2008)によると、男性が女性に観察され、表情分析のために録画を実施していると教示したSECPTは標準的なCPTと同じく、血圧や主観的ストレスを高めたが、唾液中コルチゾール反応への影響はSECPTの方が優っていたとのことです。温水に手を浸しても社会的評価ストレスはコルチゾール反応に影響しなかったことから、氷水と社会的評価ストレスの両方がコルチゾール反応の惹起に有効であることが示唆されています。

○むすび

従来の情動制御方略は気晴らし(distraction)や認知的再評価など認知的なものでした。今回は身体動作による情動制御を提唱するもので、認知方略とはタイプが異なります。なお、認知的情動制御方略や身体動作による情動制御方略以外にも「情動による情動制御方略(Zhan et al., 2015)」があります。

○引用文献:アブストラクトと本文の一部を読みました
Schwabe, L., Haddad, L., & Schachinger, H. (2008). HPA axis activation by a socially evaluated cold-pressor test. Psychoneuroendocrinology, 33(6), 890-895. doi: 10.1016/j.psyneuen.2008.03.001.

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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