喋らなくても喋っている感覚は味わえる | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

実は、喋らなくても喋っているという感覚(錯覚)を味わうことができるという実験があります。これを場面緘黙(選択性緘黙)児・者の支援に何らかの形で生かせる可能性があるかもしれないので、本ブログで取り上げることにします。

Banakou, D., & Slater, M. (2014). Body ownership causes illusory self-attribution of speaking and influences subsequent real speaking. Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(49), 17678-17683. doi: 10.1073/pnas.1414936111.

★概要

実験の前に2人(男性1人・女性1人)から9種類の単語の発話を記録。2人の声は基本周波数(F0,Fundamental frequency)がスペイン人の平均値よりも高かったです。ダメ押しでさらにピッチを調整し、確実に声が高くなるようにしました。後述するように、この声刺激をあたかもバーチャル身体が発しているかのようにしました。

○実験手続き

実験参加者はスペイン人44人。後に述べるように、実験条件は視運動(同期 or 非同期)×喉への振動刺激の有無の4通りで、すべて被験者間計画。平均年齢は20~27歳で、群間の有意差なし。バーチャルリアリティ(VR)実験の前後に、単語を言っている時の声のF0を計測。

実験開始前にヘッドセットを装着して9種類の単語を発声し、音声データとして記録しました。単語はバーチャル身体が「喋っている」のと同じ単語を用いました(詳細は後述)。

次に、実験参加者はVRの準備のため、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)やヘッドホン(ヘッドフォン)、マイクロホン(マイクロフォン)を装着。全身のモーションキャプチャー・スーツも装着し、動きを追跡。これにより、参加者と性別が同じで、実物大のバーチャル身体(アバター)を第一人称視点、3Dで感じることが可能になりました。バーチャル身体は自分の本物の身体を見るか、あるいはバーチャル鏡を通してみることが可能でした。鏡ですから、バーチャル身体の顔を見ることが可能でした。

バーチャル身体の動きが参加者の実際の動きとリアルタイムに同期する群と非同期の群を設定。非同期群ではバーチャル身体の動きは事前に作製されたものを用い、実験参加者の動きとは無関係な動作をしました(同期群と非同期群の違いを際立たせるためにストレッチエクササイズを行うよう教示)。バーチャル身体が唇を動かすのに合わせて対応する音声(単語)をヘッドホンから流しました。この時に甲状軟骨に振動触覚刺激を音声と同期して与える群と与えない群を設定。なお、この音声は、先述したように実験を始める前に記録したもので、スペイン人の平均値よりも声が高い単語刺激でした。

喉仏のところにある甲状軟骨への振動触覚刺激は首に装着したバイブレーターで与えました。

実験の最終局面では、ヘッドマウントディスプレイに表示した単語を声に出して読むように教示し、音声を記録。この単語はバーチャル身体が「喋った」単語と同じものでした。

実験後にー3~3までの7件法で質問に回答。回答項目はバーチャル身体の所有感の強さ、鏡に映っているバーチャル身体の所有感の強さ、(自己)主体感、声の所有感、統制質問(自分の実際の身体がバーチャル身体と似ている・2つの身体を所有しているという錯覚)。

ここでの(自己)主体感とはバーチャル身体を自分の意志で動かしているという知覚のこと。声の所有感は、声が部屋のどこからか聞こえてきたという知覚、声が自分の頭の中から聞こえてきたという知覚、聞こえた声が自分の声だったという知覚、聞こえた声が自分の声に修正を加えたものだったという知覚、聞こえた単語を自分が喋っているようだったという知覚で評価。

↓論文に添付されている実験動画がYouTubeでも公開されています(URLはhttps://www.youtube.com/watch?v=_gw-7SbUxUQ&t=122s)。


○結果

バーチャル身体所有感と鏡バージョンのバーチャル身体所有感が視運動同期で高まりました(統制質問への回答は視運動同期で高まらず)。一方、喉への振動刺激の主効果は有意でなく、視運動同期/非同期と喉への振動刺激の有無の交互作用も有意でありませんでした。

統制質問の「2つの身体を所有しているという錯覚」は、喉への振動刺激を与えないよりも与える方が低くなりました→バーチャル身体が喋っているような感じの時に、喉に振動刺激を与えると2つの身体を所有しているとは感じにくくなる。

主体感に関しては、視運動非同期よりも同期している方が高くなりました。また、喉への振動刺激を与えないよりも与える方が主体感が高くなりました。視運動同期/非同期と喉への振動刺激の有無の交互作用は有意ではありませんでした。

声が部屋のどこからか聞こえてきたという知覚は視運動非同期群で高くなりました。声が自分の頭の中から聞こえてきたという知覚は視運動同期群で高くなりました。聞こえた声が自分の声だったという知覚や聞こえた単語を自分が喋っているようだったという知覚も視運動同期群で高くなりました。一方、聞こえた声が自分の声に修正を加えたものだったという知覚は視運動同期/非同期の影響を受けませんでした。

VR体験前と比較して、体験後にF0が高くなったのは視運動同期群で、視運動非同期群では高くなりませんでした。先述したように、バーチャル身体の「喋る声」のF0はスペイン人の平均値よりも高く設定していました。このことから、視運動同期のVR体験後に被験者の声がバーチャル身体の声に近づいたといえます。また、喉への振動刺激を与えないよりも与える方が、VR体験後にF0が高くなりました。喉への振動刺激の効果は視運動非同期群よりも視運動同期群の方が高くなりました。つまり、バーチャル身体が実験参加者の動きと同期し、それを視認し、なおかつバーチャル身体が「喋っている」のと同時に喉に振動刺激を与えると、被験者の声がバーチャル身体の「声」に近づいたといえます。

ただ、VR体験前後の参加者の声のF0の変化への影響は喉への振動の効果よりも視運動同期の効果の方が強くなりました。性差は検出されず。なお、視運動非同期でなおかつ喉への振動刺激を与えない群では、ベースラインのVR体験前と比較して、体験後の方がF0が低くなっていました。論文では、このF0の低下は意図した声のピッチに近づけようとする代償的なエラー修正が働いた結果であると論じています。しかし、視運動非同期で喉への振動刺激を与えないと聞こえてきた声が自分のものであるというよりは、部屋のどこからか聞こえてきたものであるという知覚が強かったので、そもそもエラー修正する必要がないのでは?という疑問を持ちました。

★コメント

以上をまとめると、

・バーチャルリアリティでの仮想身体の所有感錯覚・主体感はアバターが自分と同じ動作を同期して行い、それを視認する場合に強くなる

・バーチャル身体が唇を動かすのに合わせて対応する音声をヘッドホンから流すのと同時に、甲状軟骨(喉仏付近)に振動触覚刺激を与えると、バーチャル身体の主体感が高くなる

・アバターの動作が自分の動作と同期していないと、声が部屋のどこからか聞こえてきたと感じやすいが、視運動同期で「声が自分の頭の中から聞こえてきた」「聞こえた声が自分の声だった」「聞こえた単語を自分が喋っているようだった」という主体感錯覚が生じやすい

・視運動同期や喉への振動刺激でバーチャル身体の「声」のF0に実験参加者の声のF0が近づく(バーチャル身体の高い声に合わせて研究参加者の声も高くなる)が、喉への振動刺激よりも視運動同期の方が影響が大きく、両者の相乗効果がある

となります。分かりやすくいえば、バーチャル身体(アバター)が自分と同じ動きを同じタイミングでしているのを見ると、アバターが自分の身体のように感じ、自分でアバターを動かしていると感じ、アバターが「喋る」とまるで自分が喋っているかのように感じ、実際の声の高さもアバターの声の高さに似るようになるという結果が得られました。また、喉への振動刺激は、アバターの身体所有感を高めなかったものの、自分でアバターを動かしているという知覚を強め、後に参加者自身が喋ると、その声の高さがアバターの声の高さに似るようになりました。


従来、主体感を感じるにはまず行為の意図があって、次に行為の結果を知覚する必要があるとされてきました。フィードフォワード処理により行為の意図から結果を予測し、実際の結果と比較、調整することで行為がスムーズにできます。ところが、論文によれば、本実験結果はそのような理論的説明は受け付けません(少なくとも最初のうちは)。というのも、視運動同期での自分が喋っているように感じる錯覚は、喋ろうとする意図なしで生じたからです。したがって、少なくとも喋ることについての主体感は、自分が喋ろうとする意図とは無関係に、感じることができるといえます(簡単にいえば、喋ろうとしなくても喋っている感覚は味わえるということ)。

論文では、バーチャル身体の唇の動きと同期して聞こえてた声が、視運動同期で自分の声のように感じたのは、バーチャル身体が自分の身体だという錯覚や自分がバーチャル身体を動かしているという主体感からきているとしています。つまり、「これ(アバター)って私の身体だよね。自分でアバター動かしているよね。それじゃあ、アバターが喋っているということは自分が喋っているということになるよね」なのです。

アバターの「声」が自分の声のように感じる錯覚はそれで良いとして、視運動同期・喉への振動刺激でバーチャル身体の「声」のF0に実験参加者の声のF0が近づいた現象はどのように説明できるか?論文では次のような議論が展開されています。最初に声を聞いた時は、そもそも喋る準備をしていなかったため、運動行為の結果の予測に運動指令の遠心性コピーが使えず、予測結果と目標の比較もしないし、実際の感覚フィードバックと予測値の比較もしない。ところが、アバターが「喋る」のを聞くうちに、身体所有感錯覚によって前向きな行為意図と同じ脳部位を駆動させる回顧的行為意図が形成される。すると、主体感を感じていると、中枢神経系は自己に帰属された発声をするのに必要な計算を始め、運動指令を準備する。その運動指令が実行された結果、自分の声のF0がバーチャル身体の「声」のF0に近づく。要するに、「なんか自分喋っている感じがする→もしかして喋る意図があった?→なら、聞こえてきた声(自分が喋ったと錯覚した声)と似たような発声の準備しなくちゃと脳が考える→その後の実際の発声が変化」というわけです(もしかしたら間違っているかもしれません)。

視運動同期や喉への振動刺激でバーチャル身体の「声」のF0に自分の声のF0が近づくという結果は、単に声の模倣で説明できるのでは?という疑問を持ちました。これについて論文中では社会心理学でのカメレオン効果の研究から議論し、「発声」以外において、アバターの動きがまさに研究参加者の動きをマネしたものであり、参加者自身の無意識的な模倣の入る余地がないことから、社会的模倣による説明は難しいとしています。

*カメレオン効果とは、交流他者の癖やしぐさ等を無意識のうちにマネることで、相手に良い印象を与える現象のことです。

〇問題点

喉への振動刺激はすべて音声と同期して与えていたので、同期が主体感錯覚などに必要かどうかは不明です。つまり、同期の有無にかかわらず、単に喉仏に振動を与えるだけで、主体感錯覚などが強まる可能性を否定しきれていません。

視運動同期や喉への振動刺激でバーチャル身体の「声」のF0に参加者の声のF0が近づいたと書きました。しかし、今回はアバターのピッチが高い条件だけでした。アバターのピッチが低い条件も設定して、参加者の声のF0が低下したという報告もあった方がより説得力が増します。

実験参加者には、鏡に映っているバーチャル身体やその顔を見て、他の方向を見ないように教示していました。アバターの身体所有感錯覚はともかくとして、どこからともなく聞こえてきた声(アバターの唇の動きと合わせることで、まるでアバターが喋っているかのようにした声)の主体感錯覚については、アバターの顔、特に口元を見ることが重要である可能性がありますから、アイトラッカーで視線を計測してみるのも一考に値します。

アバターの「声」の内容は以前に実験参加者が発声して記録したものと同じ単語を用いていました。もしかしたら、以前自分が喋った内容と同じだったので、声の主体感錯覚が生じやすかったかもしれません。この点を明らかにするには、事前の参加者の声の記録に使わなかった単語をアバターが喋っているようにする実験設定が必要です。

〇話す主体感錯覚を場面緘黙症の行動療法等に使えるか?

私としては場面緘黙症の行動療法等にこの錯覚が応用できるかもしれないと思います。場面緘黙症への対応としては、刺激フェイディング法なり段階的暴露療法なりスモールステップの取り組みなり、色々言い方ややり方がありますが、どれも基本的には話せる相手や場所から始めて、徐々に話せない人や場所での発話や活動を達成していくという方針に変わりありません。したがって、このスモールステップの段階の1つに、「話せない相手の前や話せない場所・活動で、まるで自分で喋っているかのような感覚を味わう」という取り組みを組み入れても良いという考え方です。ただ、普通の行動療法をする場合と比較して、準備やコストがかかりますから、あともう一歩の時だとか最終手段のような形で活用できないかなと思います。

ただ、本実験は大人が参加したもので、子供でも同様の結果が得られるかどうかは不明なことが難点です。また、この研究は以前にVRを経験したことのない人が半数以上を占める実験で、何回もVR体験を繰り返すとどうなるかも不明です。反復経験で効果が弱まれば、場面緘黙児・者の支援・治療に応用することは難しいかもしれません。

なお、ラバーボイス錯覚/ラバーボイスイリュージョン(Rubber Voice Illusion)という現象も存在します(Zheng et al., 2011)。ラバーボイス錯覚とは、声を出しても自分とは異なる声がフィードバックで返ってきたら、他人の声がまるで自分の声の修正版であるかのように感じられるようになる現象のことです。ただ、ラバーボイス錯覚の発生には、参加者が喋ることが要求されるので、喋る必要がなくても良い本実験とは異なります。

それにしても本研究成果が確からしく、なおかつ単語を話すことだけでなく、もっと複雑な発話や行為でも同じことができたとしたら大変なことになります。というのも、実際には当人が行為をしていなくても、やったのは自分だと感じることになるからです。これは、犯人が他人に罪をなすりつけたり、警察が被疑者の自白を誘導することなどに悪用することが可能です。論文でも最後の方に社会的、法的、倫理的問題が生じることに言及されていました。

〇余談(今回の主記事とは直接関係がありませんが、先日公表された身体所有感錯覚研究で個人的に面白いと感じたもの)

余談になりますが、マウスでも身体所有感錯覚(のような状態)が生み出せるという研究が発表されました(Wada et al., 2016)。この研究は、国立障害者リハビリテーションセンター研究所脳機能系障害研究部発達障害研究室長の和田真和博士、同研究室の井手正和博士(日本学術振興会特別研究員PD)、同研究所脳神経科学研究室長の神作憲司博士、同研究室の高野弘二研究員、東京工業大学情報理工学院の大良宏樹特任助教の共著論文です。なお、和田真室長は順天堂大学大学院医学研究科神経生理学(医学部生理学第一講座)の非常勤講師、井手正和博士は同大学の非常勤助教でもあられます。

身体所有感錯覚にはラバーハンド錯覚(ラバーハンドイリュージョン)という現象がありますが、そのマウス版のような現象が偽物の尻尾(ラバーテール)を使ってできたとの報告です。名付けて、ラバーテール錯覚(ラバーテールイリュージョン)というわけです。具体的には、本物の尻尾と偽物の尻尾を同期してなでなですると、偽物の尻尾をつかんだ時にマウスがまるで自分の尻尾を触られたかのような反応を示したとのことです。

*ラバーハンド錯覚とは何ぞや?という方は「透明人間の錯覚で人前に立ってもストレスを感じにくくなる」という記事の後半をご覧ください。その他のラバーハンド錯覚の実験については別のマイブログ『心理学、脳科学の最新研究ニュース』で"ラバーハンド"と検索した結果やこれまた別のマイブログ『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』の「ラバーハンドとブラシの間に磁力を感じる錯覚」という記事などを参考にしてください。

『心理学、脳科学の最新研究ニュース』で"ラバーハンド"と検索すると…

〇引用文献:Wada et al.(2016)はアブストラクトだけ読みましたが、Zheng et al.(2011)は本文も一部読みました
Wada, M., Takano, K., Ora, H., Ide, M., & Kansaku, K. (2016). The Rubber Tail Illusion as Evidence of Body Ownership in Mice. Journal of Neuroscience, 36(43), 11133-11137. DOI: 10.1523/JNEUROSCI.3006-15.2016.

Zheng, Z. Z., MacDonald, E. N., Munhall, K. G., & Johnsrude, I. S. (2011). Perceiving a Stranger's Voice as Being One's Own: A ‘Rubber Voice’ Illusion? PLoS ONE, 6(4): e18655. doi:10.1371/journal.pone.0018655.

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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