ドッペルによる遅い拍動振動刺激でスピーチ不安の増加が抑制される | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、アブストラクト、研究方法、研究結果だけ読んだ、社交不安(障害)に関する興味深い論文を取り上げようと思いましたが、今回は全文読んでしまいました。ほとんどが最新の研究成果です。

なぜ、社交不安(障害)なのかというと、場面緘黙児(選択性緘黙児)は社交不安(社会不安)が高いか、もしくは社交不安障害(社会不安障害,社交不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。また、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き第5版)では場面緘黙症が不安障害(不安症)になりました。

今回は、ドッペルという装置で遅い心拍リズムの振動触覚刺激を与えると、スピーチ準備に伴う皮膚コンダクタンス反応や状態不安の増加が抑制されるという研究です。

なお、社交不安(障害)以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事1⇒同性間競争が強いと身長をサバ読みしがち
最近の記事2⇒人は寝不足の人と交際したくない

Azevedo, R. T., Bennett, N., Bilicki, A., Hooper, J., Markopoulou, F., & Tsakiris, M. (2017). The calming effect of a new wearable device during the anticipation of public speech. Scientific Reports, 7:2285. doi:10.1038/s41598-017-02274-2.

イギリスのロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校心理学研究室行為・身体ラボ(Lab of Action & Body)、チームトルコ石株式会社(Team Turquoise Ltd)の研究員・研究者による論文です。

〇方法

参加者は52人。

参加者の割り当ては以下の通り(群の割り当てはランダマイズ)
・ドッペル起動群:25人(男性9人,平均年齢25.9歳,S.D. = 5.2)
・ドッペル停止群(統制群):27人(男性11人,平均年齢26.8歳,S.D. =6.1)

ドッペルとは、心拍のようなリズムの触覚刺激を手首に与えることができるリストバンドのことです。英語表記はdoppelです。リチウムイオン電池で動きます。このリストバンドは無線通信、Bluetoothを介してスマートフォンのアプリとつながっており、安静時の心拍数を計測し、コイン振動モーターを通して与える触覚刺激の速度や強さを自由に調整できます。

起動群も停止群もドッペルを利き手じゃない方の手首に装着。ドッペルの振動刺激はベースラインの心拍数よりも20%ほど遅めにして与えるように設定。実験者が停止群のドッペルのスイッチを切る必要があったため、一重盲検法(単盲検法/単純盲検法)でした。参加者にはドッペルの本当の機能を伝えず、新世代の血圧測定器だと教示しました。

皮膚コンダクタンスの計測:電極を中指・薬指の指骨に装着。装着は非利き手側。なお、非利き手の親指にはパルストランスデューサを装着し、心臓活動をモニタリングしました。

まず、5分間安静にしてベースラインの平均心拍数、皮膚コンダクタンスレベルを計測。次に起動群も停止群も、ドッペルを起動。ただし、停止群は10秒後にドッペルを停止。ドッペル操作後、研究のために動物を使用することについてのスピーチの準備を5分間でしてもらうと参加者に教示。スピーチの聴衆は実験者の同僚3-4人、スピーチの時間は5分だと教示(実際にはスピーチはしない)。スピーチ準備中も心拍数、皮膚コンダクタンスレベルを計測。

状態不安の計測に状態・特性不安検査Y-1(State-Trait Anxiety Inventory Y-1,STAI Y-1)を使用(4件法20項目)。回答は一番最初、すなわちスピーチ課題の予告をする前のベースライン時とスピーチの準備をした後の2回。

他者評価の懸念の計測にネガティブ評価恐怖質問紙短縮版(brief Fear of Negative Evaluation questionnaire,bFNE)を使用(5件法12項目)。どれぐらい人前で話すことが好きかどうかという質問で演説に対する態度、どれぐらい社会的状況で不安になりやすいかどうかという質問で社交不安特性を評価(ともに8件法)。bFNEと2つの質問への回答は実験の最後の方に実施。最後は課題中のリラックス-ストレスフル、不快-快を評価(7件法)。

〇結果

ドッペル起動群とドッペル停止群の間の皮膚コンダクタンスレベルの違い(効果量Hedges’ g = 0.074)や状態不安の違い(Hedges’ g = 0.36)はベースラインで有意ではありませんでした。ネガティブ評価恐怖(Hedges’ g = 0.082)や社交不安(Hedges’ g = 0.044)、演説に対する態度(Hedges’ g = 0.12)も有意な群間差は検出されませんでした。

全体的に、ベースラインと比してスピーチ準備中に皮膚コンダクタンスレベルが高まりました(効果量ƞ2 = 0.42)。群の主効果は有意でありませんでした(ƞ2 = 0.060)が、時間と群の交互作用が有意でした(ƞ2 = 0.095)。スピーチ準備中は停止群よりも起動群の方が皮膚コンダクタンスレベルが低くなりました(Hedges’ g =  0.54)。

全体的に、ベースラインと比較してスピーチ準備中に心拍数が高まりました(ƞ2 = 0.39)。ただ、群の主効果(ƞ2 = 0.014)、時間と群の交互作用(ƞ2 = 0.010)は有意ではありませんでした。

全体的に、ベースラインと比較してスピーチ準備課題後に状態不安が高まりました(ƞ2 = 0.52)。全体的に停止群よりも起動群の方が状態不安が低くなりました(ƞ2 = 0.12)。スピーチ準備後に停止群よりも起動群の方が状態不安が低くなりました(Hedges’ g = 0.77)。

停止群よりも起動群の方がスピーチ準備課題をストレスフルなものだとは感じていませんでした(Hedges’ g = 0.68)。不快-快評価は群間差が有意傾向にとどまりました(Hedges’ g = 0.56)。

〇コメント

以上をまとめると、

・人前でのスピーチ準備で皮膚コンダクタンスレベル、心拍数、状態不安が高まる

・リストバンド、ドッペルで安静時心拍数よりも20%ほど遅めにした拍動振動刺激を手首に与えると、スピーチ準備中の皮膚コンダクタンスレベルの増加が抑制され、スピーチ準備課題後の状態不安の高まりも低くなり、スピーチ準備課題の主観的ストレスレベルが低下する(心拍数の増加の抑制効果は検出されず)


となります。ウェアラブル端末といえば、 通常、心拍数や消費カロリー、歩数などを計測するだけにとどまります。対して、ドッペルは手首に心拍のような拍動リズムを振動触覚刺激として与えることができる点が他とは違います。拍動リズムは自由に変えることができ、本研究は遅めにしました。

歌のテンポは呼吸速度や心拍数を変えるように、脳や身体は環境に同期します(同調現象)。論文には他の例として、合唱団は歌唱で声だけでなく、心拍も同期することがあげられています。また、遅いテンポの音楽を聴くと覚醒が低下し、情動が落ち着くとされています。反対に速いリズムの音楽を聴くと覚醒が高まるとされます。生理的覚醒が高いと心拍数や不安、情動的覚醒が高く、生理的覚醒が低いと心拍数が低く、平静なことが多いとされます。だとするならば、心臓の拍動リズムのような刺激を遅めにして呈示すると、生理的覚醒や情動的覚醒の上昇が抑えられ、社会的ストレス状況(が予想される場合)でも落ち着きが一定程度は保たれるだろうというのが、本研究の理論的背景です。

本論文によると、テンポによる同調効果は、呼吸数や皮膚コンダクタンスレベルよりも心拍数で一貫した効果がでないことが先行研究で示されているそうです。それがドッペル起動で心拍数への影響が検出されなかった原因の1つかもしれません。

参加者の内、起動群は意図的に情動制御(情動調整)したのではなく、ドッペルで遅めの拍動リズムを受けただけです。情動制御が必要なストレス状況でこそ、情動制御能力が発揮できないというパラドックスは先行研究で指摘されており、「情動による情動制御」という方略が提案されていました(Zhan et al., 2015)。本研究では受動的に遅い拍動リズムを受けるだけで生理的覚醒や不安の制御ができることが示唆されたので、ドッペルにはこのパラドックスを乗り越える可能性を秘めていると言えます。

本研究は単盲検法で、参加者自身はドッペルの本当の機能について知らされていなかったから良かったものの、実験者側は群の割り当てを知っていたので、今後その影響をどう統制するかが課題になります。

何はともあれ、ドッペルが開発されたのは最近のことなので、まだまだその効果については不明なところが多いです。でも、私なんかは場面緘黙児者の暴露療法等にドッペルを活用したらどうなるのだろうか?などと夢想してしまいます。また、仮に子供にもドッペルが効くのだとしたら、トップダウン式の認知制御能力の発達が未熟な子供には有用なツールとなり得るかもしれません。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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