運動は恐怖顔の性別処理を早め、速める | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、論文アブストラクト(抄録)と序論の一部、方法、結果だけ読んだ不安(障害)・恐怖に関する興味深い論文を取り上げます。ほとんどが最新の研究成果です。

なぜ不安(障害)・恐怖なのかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害になりました。

今回は、運動は恐怖顔の性別弁別処理を早め、速めるという研究です。

なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事1⇒牢獄生活中の認知制御、情動制御の低下はCBT/マインドフルネスで防止可能
最近の記事2⇒心の理論の訓練後に高機能自閉症児のいじめ被害が低下

Pezzulo, G., Iodice, P., Barca, L., Chausse, P., Monceau, S., & Mermillod, M. (2018). Increased heart rate after exercise facilitates the processing of fearful but not disgusted faces. Scientific Reports, 8:398. doi:10.1038/s41598-017-18761-5.

イタリア学術会議(Consiglio Nazionale delle Ricerche,CNR)認知科学技術研究所、フランス国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique,CNRS)社会認知心理学実験室(Social and COgnitive Psychology LAboratory,LAPSCO)クレルモン・フェラン大学、CNRS UMR 5105心理学神経認知科学実験室(Laboratoire de Psychologie & NeuroCognition,LPNC)グルノーブルアルプス大学、フランス大学研究院(パリ)の研究者による論文です。

〇方法

男子大学生24名が参加(20~26歳)。

実験刺激は表情写真120枚。男性顔60枚で無表情、恐怖表情、嫌悪表情を各20枚用意。女性顔も同様に60枚の顔写真で、無表情、恐怖表情、嫌悪表情を各20枚使用使用。顔写真の由来は、カロリンスカ指示表情(Karolinska Directed Emotional Faces,KDEF)データベースで256階調の白黒画像に変換、髪の毛などを除去。

参加者がスクリーン画面のスタートボタンを押すと、顔刺激が中央に提示されました。参加者はその顔が男性なのか女性なのか判断しました(gender categorization task)。1試行の時間制限は1400 msでした。練習は8試行。試行は休憩を挟んで2ブロックに分けて行いました。

参加者は全員、運動条件と通常条件の両方を受けました(被験者内実験計画)。運動条件ではステッパーによる運動を参加者自身のリズムで3分間行ってもらいました。運動は実験前と2つのブロックの間に行いました。通常条件では、運動をせず、実験前、各ブロック後に3分間椅子に座ってリラックスしてもらいました。運動条件を初めに行い、1週間後のほぼ同じ時刻に通常条件を行ったのが12人。通常条件を初めに行い、1週間後のほぼ同じ時刻に運動条件を行ったのが12人。

マウストラッカーを用いて、課題中の参加者のコンピュータマウスの軌跡をx-y座標の2次元で記録。心電図(ECG)での心拍数の計測は、各実験ブロック前と最中。時間制限を超えた回答をした試行(全データの0.47%)、平均反応時間よりも3SD超離れた試行(5.4%)、顔の性別判断を間違った試行(11%)のデータは解析しませんでした。

〇結果

通常条件での平均心拍数は71 ± 8 bpm、運動条件での平均心拍数は118 ± 8 bpmでした。

恐怖表情での性別弁別に関して、通常条件よりも運動条件の方が反応が素早くなりました。一方、無表情や嫌悪表情では通常条件よりも運動条件の方が反応が遅くなりました。

恐怖表情に対する、X軸方向での速度ピークおよび加速度ピークは通常条件よりも運動条件の方が高くなりました。しかし、無表情や嫌悪表情では、通常条件と運動条件の間に有意差が検出されませんでした。

コンピュータマウスの最大偏差(Maximum Deviation,MD)は、運動条件より通常条件の方が高くなりました。特に恐怖表情に対する最大偏差で運動条件より通常条件の方が最大偏差が高く、無表情や嫌悪表情では運動条件と通常条件で有意差が検出されませんでした。

なお、最大偏差とは、理想的な直線的軌跡と観察された軌跡直線の最遠点の間の垂線の長さのこと(性別の選択肢、つまり「男性」「女性」ボタンはスクリーン画面の左上か右上に提示)。つまり、最大偏差が高ければそれだけ、選択しなかった反応に引き付けられていたことを意味します。なお、解析したのは正反応試行だけですから、今回は最大偏差が高かったほど、顔の性別判断を正解するまでに誤った回答に誘惑されていたことを意味します。

コンピュータマウスの曲線下面積(Area Under the Curve,AUC)は運動条件よりも通常条件の方が高くなりました。これは特に恐怖表情で顕著で、嫌悪表情でも有意でした(無表情では運動条件と通常条件で有意差が検出されず)。

なお、曲線下面積とは起点から終点までの理想的な直線的軌跡と観察された軌跡の間の幾何学的面積のこと。AUCもMDと同様に、選択しなかった反応へどれだけ引き付けられていたかを意味します。AUCが高ければそれだけ、マウスカーソルが寄り道をしていたというわけです。

反応時間、速度ピークにおいて、顔写真の性別の影響は検出されませんでした。顔写真の性別によって運動の効果や表情の効果が違うともいえませんでした。

〇コメント

以上をまとめると、男子大学生において、

・ステッパーによる運動で、恐怖表情での性別弁別が素早くなり、無表情や嫌悪表情での性別弁別が遅くなる

・ステッパーによる運動で、恐怖表情に対するマウスカーソルの反応が速くなるが、無表情や嫌悪表情では運動の影響が検出されない

・ステッパーによる運動で、恐怖表情に対するマウスカーソルの反応軌跡が寄り道をする程度が緩和される。無表情では運動がマウスの軌跡に与える影響は検出されないが、曲線下面積(AUC)を指標とすると、運動が嫌悪表情での性別弁別におけるマウスカーソルの軌跡を理想形(最適軌跡)に近づける


となります。このような結果は、情動の身体化理論で説明されます。情動の身体化理論によれば、身体の状態が情動状態や情動処理に影響するとされます。情動と一致した身体状態で当該情動関連の刺激処理が促進されると考えられています。

運動で恐怖顔の性別判断が促進されたという本実験結果では、運動で心拍数が高まることがメカニズムとして想定されています。これは、恐怖と心拍数の高さが関連し、嫌悪や中性情動は心拍数の高さとは関連しないとされているためです。ただし、本実験だけでは、恐怖顔の性別弁別を高めたのが、運動そのものなのか、運動による心拍数の増加なのか、それとも運動したという主観的感覚なのか不明のままです。参加者が男性だけで20~26歳という限られた年齢層だったのも、本実験結果の般化可能性を減弱させます。

近年の心理学研究ではコンピュータのマウスの軌跡をたどる研究が行われています。これまでの研究では参加者の最終的な選択反応しか分かりませんでした。しかし、マウスの軌跡を解析すると、最終的な意思決定に至るまでの過程が分析できます。今回の実験でいうと、たとえ最終的には正しく顔の性別を回答できていたとしても、最大偏差(MD)や曲線下面積(AUC)の大きさで誤答へどれだけ誘惑されていたのかが分かりました(厳密にいうと誘惑因子は誤答の選択肢だけではないかもしれませんが、話を単純にするためにあえて断定しておきます)。

なお、もしかしたら本実験は性別の「弁別」という表現を用いるのは不適切なのかもしれません。たしか心理学の「弁別」の定義にはもっと細かい要件がある(と主張する学者がいる)と記憶しています。ただ、その情報源を覚えていないため、このブログではふれることができません。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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