引きこもりの人権は公共の福祉により制限されるか? | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

●公共の福祉

「公共の福祉」という言葉、学校で習いますよね。日本国憲法第13条に「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」との規定があります。

この条文は、公共の福祉のためならば、必要最低限の制約を人権に課すことができると解釈できます。また、人間相互の人権の衝突を調整するという意味で公共の福祉という語を使用することもあります。

●ひきこもり・ニートは公共の福祉に反する

ところで、ひきこもりやニートの人たちは働いていないケースが多いです。すると、年金や所得税などの税金(消費税を除く)を国に納められないことになります。40歳以上の場合、介護保険料も滞納している可能性も高そうです。そして、年金や税金、介護保険料は日本国を存続させていく上で、必須です。

もし、引きこもりの人たちが増えていったとしたら、国の財政や年金・介護制度も危うくなるかもしれません。だとすると、まさに公共の福祉に反していると言えるのではないでしょうか?ただ、年金や介護制度においては、納付していない者に対する給付は抑制されるので、自己責任だといえるかもしれません。

●結論:ひきこもり・ニートの人権は制約されない

ただし、比較考量論といって、人権を制限することによって得られる利益と人権を制限しない場合に維持される利益を比較し、前者の方が大きければ、制約できるとの考えもあります。引きこもりやニートの人権を制限するといっても、得られる利益はほとんどないと思いますから、どうも人権が制限されることはなさそうです。

しかし、ひきこもりやニートの人は常に公共の福祉に反していないかどうか内省する姿勢が求められます。

※注 憲法や経済に疎い素人が執筆しているので、鵜呑みにしないで下さい。

今年もよろしくお願いします。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
プロフィール

マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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